更新日:2025年08月24日 11:47
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「産んで後悔している」母親からの暴力、社長からの性被害…壮絶な人生を歩んだ31歳女性が信じるもの

損害賠償を請求し、退社。その後は…

 性被害を受けた理由について、希音さんはこう分析する。 「1つは、話を聞いてもらうなかで、自らの生育歴を打ち明けてしまったことだと思います。誰も頼れる人間がいないことを知り、『多少行き過ぎたことをしてもオオゴトにならない』と弱みにつけ込まれた可能性はあります。もう1つは、幼い頃からの虐待の後遺症で、自分の意見を強く言えないんです。だから、怖さが勝って明確な拒絶ができずにいました。そのことが『Noと言わなかった』という、相手にとっての安心材料になった可能性はあります」  その後も社長から何度も着信があるなど、通常の業務に関係ない私用な連絡が続き、希音さんは弁護士を通して損害賠償を請求した。示談で手にした金額について虚しく感じたという。  入社から半年ほどで希音さんは同社を去った。その後は、水商売を含む複数の会社を転々とする日々が続き、大手企業での企画営業職として働いていたが、ある日まったく唐突に起き上がれなくなってしまった。 「その会社では忙しくも楽しく働けていたので、突然の出来事に私も戸惑いました。ただ、これまでのさまざまなことの蓄積で、メンタルが悲鳴を上げていたのかもしれません。私は医療につながることができて、うつ病の治療をすることになりました」

虐待サバイバー同士でユニットを組んだワケ

希音さん 現在、うつ病の治療が奏効し、長期間休止していた音楽活動も再開することができた。虐待サバイバー同士でユニットを組むという発想は、どのようなところから生まれたのか。 「私が20代でライブハウスで歌っていた当時、演者は若いけれどもお客さんの大半はおじさん――というアンバランスな状況がありました。お客さんが求めているのは、元気で聞くと活力をもらえるような音楽で、私が過去の体験をもとに作ったものはあまり刺さらなかったんです。くわえて、お客さんの何割かは、少なくとも私の眼には、『若い子と話しに来ている』ような人もいて、そういうアイドル的な期待をされるのが苦痛でした。  30代になり、たまたま似た境遇で育った相方と音楽をやろうという話になって、自分が表現したいものを表現できるようになったので、活動をまたすることにしたんです」
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音楽は「虐待と縁のない人」も楽しめるからこそ…
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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