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虐待父が“余命300日”に。「長生きなんてしなくていい」“介護から逃げる方法”を模索する一人娘が下した決断は…【漫画】

それでも父親を「毒親」認定できない理由

ーー毒親の共通点で、思いつくものはありますか? 枇杷かな子:家族に対し「甘え」をもっている人が、毒親になるのではと思っています。私の父の場合、暴力的な行為に及んでいたのは、私と母に対してだけだったんです。周囲の人だけでなく、もはや親戚にも優しい顔をしていて。 その様子だけ見れば、とても家で大声を張り上げるような人間には思えません。家族だからこそ、自分の感情をぶつけてしまっていいという「甘え」が、毒親を生んでいる気がしています。 ーーこれまでの話を聞くと、やはり枇杷かな子さんの父親も「毒親」になるのでしょうか。 枇杷かな子:客観的に見れば、私の父は完全な「毒親」です。でも枇杷かな子としての視点に立つと、父に“毒”という言葉を使っていいかは、判断しきれない部分があります。 実は私が綴っているエッセイ内でも「毒親」という言葉をほとんど書かないようにしていて。私を苦しめた存在など、少し濁した表現にしています。 ーーどのような部分で、毒親ではないと感じるのでしょうか? 枇杷かな子:父には、優しい部分もたくさんあったからです。 私が小学校で怪我したとき、一目散に学校へ迎えに来てくれたのは父でした。犬に噛まれたときも、お腹が痛いと泣いたときも、昼夜問わず病院へ連れて行ってくれたのも父でした。 そのような愛情を感じた経験が、父を毒親と呼んでしまうことを躊躇しているのは事実です。とはいえ、母親に物を投げるなどの行為は日常で、暴力的な面があったことを許しているわけではありません。 実際に周囲の話を聞くと、毒親のなかにも愛を感じていた方がいるようで。介護と同じく、本当に家族の数だけ問題があるのだと思います。

1人で介護する必要はない

――最後にあらためて、作品を通して伝えたいことをお聞かせください 枇杷かな子:読んでくださった方には「孤独を1人で抱えないでほしい」というメッセージを送りたいです。たった1人で介護をしていると、どんどん視野が狭くなってしまい、気持ちが閉じこもってしまいがちです。そのようなときこそ、無料で相談できる「地域包括支援センター」の力を借りたり、病院へ相談に行ったりして、まずは他人を頼る行動を起こしてほしいと思っています。 私は、精神科の先生に気持ちをぶつけてようやく「父親の言動が原因で、精神的に危険な状態であること」を理解できました。まずは、どんどん他人へ気持ちを吐いてしまうことからスタートすると、自分の心と向き合えるはずです。どうかこの作品をきっかけに、孤独を溜め込まずに済む方が増えてくれることを願っています。 <取材・文/川上良樹>
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次ページより『余命300日の毒親』第一章(第一話~第八話)を公開
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エンタメ好きなフリーライター。クリエイターやアイドルなどのプロモーション取材を手掛ける。ワンドリンク制のライブが好き。
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