エンタメ

「少しの間だけ、またね!」僕青・木下藍が活動休止前、最後のステージで見せた成長と決意

雲組のためになにができるかを必死で考えた

 また、リーダーの塩釜菜那が雲組に加入したことで、毎レッスン後に自分たちの課題や反省を話し合って共有する場ができた。木下も雲組のためになにができるかを必死で考えて行動した。
僕が見たかった青空 僕青 木下藍

「雲組だけでステージに出られたということが嬉しかった」と振り返るTIF2025の舞台

「レッスンで先生に言われたことをメモしてグループLINEに送ったり、振りの動画で気になった点を意見したり。今までは他のメンバーがやってくれていたことも率先してやるようにしました。菜那ちゃんが積極的に意見を引き出してくれて、もっと雲組を良くしようと考える空気が強まったと思います。  セットリストに関しても『やりたいことある?』っていうことを聞いてくれて、それをスタッフさんに伝えてくれていました。受け身じゃなくて、毎公演を自分たちでも作り上げてきた実感があるから、より絆が深まった期間になったと思います」 僕が見たかった青空 僕青 木下藍

体が弱かったからこそ、たくさんの人を助ける存在に

 そう屈託のない笑顔を見せる彼女だが、幼少期には大きな病気を経験して歩くこともままならなかった。 「お母さんからは、大変な手術だったと聞きました。そのときに重い病気を抱える子供たちと同じ病棟で友達になって一緒に英語の本を読んだり、勉強したり、長い入院生活を送っていたそうです。そんな経験があったから、退院してから両親は私に『やりたいことはない?』と聞いてくれて。習い事の絵画教室、ピアノ、英会話教室、バレエ、それから海外旅行など世界を広げてくれるような体験をさせてくれました」
僕が見たかった青空 僕青 木下藍

左から、八重樫、木下、山口

 そのなかで勉強や語学の面白さを知って、小学生の頃には全国模試で9位になったこともある。「やったらやった分だけテストの点数が上がっていくのに成長を感じられて、もっと勉強ができる環境にいたい」と、中学校受験にも挑戦した。  僕青のオーディションを知ったのは、中学1年生。テレビはほとんど見ない生活でアイドルの存在も知らなかったが、友達から話を聞いて「私の夢が叶うかもしれない」と胸が高鳴った。 僕が見たかった青空 僕青 木下藍「体が弱くてたくさんの人に支えられてきたからこそ、私もたくさんの人を助ける存在になりたいっていう思いがありました。アイドルは笑顔で元気と勇気を届ける。私のなりたい人物像に当てはまっていたけど、まさか受かるとは思っていなかったです」
次のページ
最初は『イヤだ~』って言ってたんですけど、気がついたら振りむくようになりました
1
2
3
4
SPA!編集部が「人生後半を賢く楽しく生きる」をテーマに厳選した記事をメルマガ会員限定で毎週金曜日にメールでお届けします。仕事・お金・性・人間関係…人生を豊かにする秘訣が見つかります。無料・10秒で完了です。
無料でメルマガ登録する⇒⇒
※登録後、メール認証が必要です。受信した認証メールをクリックして、登録を完了させてください。
※認証メールが届かない場合、迷惑メールに入っているか、メールアドレスが間違っている可能性があります。再度ご登録ください。