更新日:2025年11月13日 20:53
仕事

親に勘当され、会社も辞めて上京…28歳女性がヌードモデルになったワケ「卒アルの撮影でも逃げ回るぐらい写真は苦手でした」

兼業モデルの収入が本業の収入を上回って……

インタビューに答える咲月さん

 症状が最も重かった時期は、「一生誰とも結婚しない」と思っていたという咲月さん。当時頭に浮かんだのが、「今の自分を『遺影』として残したい」という思いだった。SNSで情報を集める中で、著名な写真家によるヌードモデル募集の告知を見かけたことが、運命を変える転機となった。 「いきなりのヌード写真はリスクで、最初は悩みました。でもポートフォリオを見てみると、骨格やしなやかさが表れた作品が並んでいて、格好いいと感じたんです。ここで表現されているのは『人間』そのものだと感じ、躊躇なく応募しました」  撮影は「相互無償」という条件だったが、承諾の上、山口から東京に飛行機で渡り撮影に臨んだ。最初は一度きりのつもりだったが、完成物を見て「写真が苦手な人間もこんなに綺麗に撮ってもらえるのか」と感動し、モデルの仕事に本格的に関心を持つようになる。 「当時は会社員で、初めモデルは無償でいいと思っていました。ただ撮影された写真をSNSにあげていたら、何人の写真家の方から、有償の撮影依頼をいただいたんです。そこで中国地方を拠点に、依頼に応じて東京や大阪にも遠征する『兼業モデル』として活動を始めるようになりました」  1年9か月ほど続けた結果、モデルの仕事だけで月20~30万円の収入が得られるようになった。本職の事務職で得られていた給与は月15万円前後。この時点で、会社員の倍以上の収入が得られていたことになる。

仕事を家族に打ち明けると…

 専業としてやっていく決心を固めたのは、とあるカメラマンの言葉がきっかけだった。 「日本では、ヌードよりグラビアの方が需要が高い。それで将来的に海外での活動も視野に入れていると話したら、海外仕事も多い知人のカメラマンに『なのにまだ山口にいるの?』と言われてしまったんです。東京にいた方が海外も含めて仕事の幅が広がるよ、と。悔しかったのですが、図星だなと思いました」  上京するタイミングでヌードモデルの仕事について家族に打ち明けたところ、両親からは勘当されてしまったという。 「その時は県内で一人暮らしをしていたのですが、『実家に戻るか、縁を切ってモデルを続けるか』の二択を迫られました。ただ親に打ち明けた時点で、すでにSNSには過去のヌード作品が出回っていた。今やめれば過去の自分を全否定することになると感じ、最終的には縁を切る道を選びました」
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老いる身体を肯定できるのがヌード
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一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san

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