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“サナ活”からSNS動画まで…高市政権「異例の熱狂」の正体。支持者が“見ているもの”とは

ネット右派が思い描いた選挙歴を有する人

ーー小野田さんには以前から注目されていたそうですね。

写真/産経新聞社

古谷:ネット右派の間では「ポスト高市」と言われるほど人気がありました。彼女は参院選で公明党の支援なしに勝ち抜いた稀有な存在で、これは右派層が長年主張してきた「自公連立不要論」の理想像そのものです。外交・安全保障でタカ派な姿勢も相まって、“右の新しい顔”として期待されてきました。 ーー国会の切り抜き動画の流行については? 古谷:20年以上前から存在する文化ですが、今はさらに“コント化”が進んでいる印象です。多くの人はNHKの国会中継を見ているわけではなく、論戦でタジタジになっている野党の様子や、質問がちんぷんかんぷんな時など、面白おかしく編集したものを消費している。 政治的な関心が高くなったという意見も分からなくはないですが、一種のエンタメコンテンツというか、「また蓮舫が馬鹿なこと言った」みたいなノリに近い。

政治家はファンではなく監視の対象。国民との関係は“契約”

ーー日々、SNSで切り抜き動画を目にする状況下において、どういうリテラシーを持つべきでしょうか。 古谷:まず、政治家はファンの対象ではなく、監視の対象です。 そもそも「政治に期待する」という言葉自体がおかしい。期待するのではなく、選挙で掲げた公約という“契約”を守ったか守らなかったかを審判するのが国民の役割です。民間企業との契約なら、顧客との契約を反故にしたら契約解除ですよね。政治だってそうです。 選挙の時に掲げた公約がどのくらい実行されたか、されなかったか。それは国民との「契約」であって、期待も何もない。審判しないといけない。本来は契約を実行したかどうかで見るべきです。 「喋りがかっこいいから」「スラッとしてんじゃん」といった印象だけで評価されているのは、民主主義の成熟という意味では非常に危うく感じます。「高市さんも寝ないで頑張ってくれてる」とか。いや、寝ないで頑張っても結果が全てです。契約通りにやっているかどうか。
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高市人気に乗じた“解散”は厳しい
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