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ちょんまげで高座に上がる「異色の落語家」が、東海道五十三次を落語しながら旅したワケ

東海道を500㎞歩いて、増えたフォロワー数は200人

──髷を結うようになってから、高座以外で周囲の態度に変化はありましたか? 志の八:それがないんだよ。高座だと武器になるけど、街中ではあまり効果なし(笑)。 ──浅草なんか歩いたら、外国人に囲まれそうですけどね。 志の八:俺もそう思ってた。インバウンドの人たちの前に丁髷男が現れたら、サファリパークのライオンに肉を投げ入れたようなもんでしょう。皆さんスッと目をそらします。「関わらないほうがいい」と思ってるんだね(笑)。でも三社祭で全身に入れ墨の入った担ぎ手に「それ地毛ですか?」って聞かれたことがあって。ハイって言ったら「すげえ!」って、いやいやアナタのほうがすごいだろって。この間なんてスーパー銭湯行ったら、若い2人組がずっと見てんだよ。聞こえてきた会話が「あれぜってぇ(※4)丁髷でトイレのスッポンを頭につけてるTikTokerだよ」って。「ふざけんな、こっちは話芸一筋だよ。志の輔一門の真打だぞ」と思ったけど、後で「丁髷、スッポン」で調べたらその人は400万人もフォロワーがいました。 エッジな人々──兄さんは東海道を500㎞歩いて増えたインスタのフォロワーが200人? 志の八:うるさいよ。伸びしろだよ、伸びしろ。 ──「東海道五十三次を落語しながら旅しよう」と最初に思いついたのは、いつでしたか。 志の八:コロナ禍で、本当に軽い思いつきで丁髷にしたんだけど、「この頭で東海道歩いたら絶対面白いよな」とはその時から思ってた。本当にやるハメになるとは思わなかったけど。当初はバズらせたいって強く思ってたわけじゃないんだけど、想像以上に全くバズらなかったので、このままでいいのか?「このままだったら自然にハゲて何も残らない」と焦ってさ。そんな時に師匠から「せっかく丁髷にしたのに何かしないのか?」って聞かれて、「実は東海道五十三次を歩いて落語をしていきたいと思ってるんです」「それは面白い、絶対にやったほうがいい」という流れだね。 ──同じタイミングで、(※5)彬子女王殿下も背中を押してくださったと聞きましたよ。あのような高貴な方といつから親交があったんです? 志の八:4年前くらいかな。彬子さまは日本の伝統文化や芸能を子どもたちに伝える活動をされていて、落語がテーマの時があったんだよ。その時に共通の知り合いを通じてオファーをいただいたのがきっかけです。
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普段の彬子女王殿下は…
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