更新日:2025年12月18日 17:58
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A級戦犯・東條英機の曾孫が“東條という姓”と向き合えるようになるまで「父の世代は全国民から敵視されていた」

「死刑執行直前」の東條英機氏は…

――曾祖父である東條英機氏は、死刑執行直前に「恨みつらみではない」行動をとられたと伺っています。 東條英利:そうですね。曽祖父が亡くなる前の話ですが、死刑執行直前に、米兵に感謝と労いの言葉を述べて、握手してから向かっているんです。恨みつらみではなく、和解で赴いたという話がある。 実は最近、巣鴨プリズンで看守をしていた方のご子息から、曽祖父が履いていたサンダルの片方をお譲り頂いたんです。その看守の方が息子に「あんな素晴らしい人はいない」と話していたそうです。この看守との穏やかな関係を考えると、彼が最後まで憎しみを持っていなかったことを裏付けている要因の一つなのではと思っています。 私がこの東條の名でやろうとしていることは、まさにその和解を進めることだと再認識しました。

トルーマンやスターリンの曾孫との交流が

――現在、東條さんが力を入れている活動の一つの「HOPE80」は、ハリー・S・トルーマン元大統領の曾孫であるクリフトン・トルーマン・ダニエル氏と関わりから、どのように始まったのでしょうか。 東條英利:私の活動は大きく分けて二つありまして、一つが草の根の「しめ縄プロジェクト」、もう一つがトルーマンの曾孫との活動です。 始まりは10年前、2015年の戦後70年の節目でした。オーストラリアの公共放送(SBS)のトークショーに出た際、クリフトン氏やスターリンの曾孫さんなど、歴史の当事者が集結したんです。番組を通じて、日本と戦火を交えたオーストラリアの聴衆から賞賛の声が多く驚きました。「番組に出て話をしてみようと思ってくれてありがとう」などの言葉をもらいました。その瞬間だけで終わらせるのはもったいないと思い、クリフトン氏とメールのやり取りを始めました。気がつけば戦後80年を迎えるにあたり、私とクリフトン氏で来年以降、日米で共著を出せないかという話もしています。
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認識のズレを埋めていきたい
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東京都出身。フリーライター。6歳の頃から名刺交換をする環境に育ち、人と対話を通して世界を知る喜びを学んだ。人の歩んできた人生を通して、その人を形づくる背景や思想を探ることをライフワークとしている。
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