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35歳「元女子」トランスジェンダー男性を直撃。「この体を離れたい」幼少期の“自殺未遂”と人生を変えた“父の一言”とは

性別適合手術をするために怖い父へカミングアウト

父親とショウイチさん

父親とショウイチさん

ーーハタチで性別適合手術をするためお父様にもカミングアウトされたとのことですが、怖い方だったそうですね。 ショウイチさん:親父は、怒らせたらまずいって近所で有名になるくらい怖いおっちゃんで。すぐ怒鳴るし見た目もいかついし、男は男らしくみたいな固定観念がある人でした。 でも、唯一無二の親だし、勘当されたら家を出ていく覚悟で伝えようと決意しました。男性ホルモン注射を打っていたこともあり、見た目が明らか男っぽくなりかけていた頃でした。 ーーカミングアウトしたときのことは覚えていますか。 ショウイチさん:怖すぎて泣きじゃくって、なんて言ったのかまったく覚えていないんですけど、一言目に言われたのが「我が子には変わりないけどな」でした。否定から入らずに「娘とか息子とかじゃなく、我が子には変わりないやろ」と言ってくれて。 二言目が「性別を変えるってことは手術するのか」と。そのつもりだと言ったら「分かった。健康には気をつけろよ」と。 ーー反対されなかったのですね。 ショウイチさん:反対せえへんのって聞いたんですよ。そしたらそこで怒ってきて「自分の大事な子どもが大きな手術をするかもしれへんのに、反対する前に健康には気をつけろと思うのは親として当たり前やろ」って。 「確かに」って思った瞬間に、親父が三つ目の言葉を言いました。「とにかくお前の人生なんやから、後悔ないように生きろ」と。 「俺は俺、お前はお前の人生やから、人様に迷惑かけんように生きればいい。苦しかったやろうし我慢してきたやろうから、自分のしたいことをこれからしていけ」と。

父親が変えてくれたこと

父親が変えてくれたことーーこれまでのお辛い経験を、すべて包み込んでくれるような言葉ですね。 ショウイチさん:僕の中ではかなり宝物の言葉になりました。 それまで自分のことが大嫌いだったし、顔出ししてポジティブに発信するような人ではなかったので、考え方が変わったのは親父のおかげです。 ハタチで専門学校を卒業後、すぐにタイのバンコクで性別適合手術を受けました。性別変更の手続きを経て、21歳頃に名前をエリからしょういちに変えました。
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性別適合手術の内容や金額
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韓国のじめっとしたアングラ情報を嗅ぎ回ることに生きがいを感じるライター。新卒入社した会社を4年で辞め、コロナ禍で唯一国境が開かれていた韓国へ留学し、韓国の魅力に気づく。珍スポットやオタク文化、韓国のリアルを探るのが趣味。ギャルやゴスロリなどのサブカルチャーにも関心があり、日本文化の逆輸入現象は見逃せないテーマのひとつ。X:@bleu_perfume

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