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青森県の農地の一角に“突如現れた”白いテント群…住人を直撃「北欧スタイルの隠れ家で星とビールを楽しむ」78歳男性の半生

現在の場所は偶然見つけた

謎のテント群

齊藤さんが営む美容室「ペニー齊藤」の店内。雪の時期にも冬用タイヤを履いた自転車でテントに行くことあるという

 齊藤さんがテント暮らしを始めたのは、60歳を過ぎたあたりから。以前は市内の別の場所にテントを張っていたが、コロナ禍などがあって撤去せざるを得なくなった。はてどうしたものかとバイクで走り回っていたとき、偶然に見つけたのが現在の場所だった。 「農地の持ち主を探して、テントを張らしてくれとお願いしたら、すんなりOKしてくれた。まったくただというわけにもいかないんで、まあ、わずかだけ有償でね。。テントも、買ったのは白いシートと留め具のネジなんかぐらいで、1棟5万円もかかってないんじゃないかな。普通に買えば、20万円はするらしいんだけど」  柱の木材や床板のコンパネは、知り合いの解体屋さんから提供してもらったという。焚火に使う薪も、解体屋さんからの提供だ。 「1年間で使う薪は、4tトラックで4台分ぐらいになる。もちろんお礼はするけど、買うとなるとけっこうな金額になるから本当に助かるよ」  こんな人とのつながりが、齊藤さんがテント暮らしに魅せられる理由のひとつだ。農地の持ち主はもちろん、近所の農家が農作物などを持ってきては、しばらく齊藤さんとの会話を楽しんでいくという。同じようなテントを建てたいと相談に来る人もいるそうだ。 「日本一周をしている人や、外国人のバックパッカーが興味を持って訪ねてくることもある。キャンピングカーで回っている人がここで泊まったり。そんな交流が楽しみのひとつだね」

テント暮らしの原点は都合7回の日本一周

 見知らぬ人々との交流や旅先でのふれあいに魅力を見出したのは、齊藤さんが30代のころだ。じつは齊藤さんは、30代から40代にかけてバイクや自転車で5回も日本一周の旅に出ている。 「ヒッチハイクを含めれば、全部で7回かな。女房と娘を乗せてサイドカーで回ったこともあったね」  行く先々でふれたのが、地元の人々のやさしさだった。食べ物や飲み物を分けてくれるのはもちろん、なかには「うちに泊まっていけ」と寝床を提供してくれる人もいた。恩返しがしたいと、齊藤さんは2度目の旅から美容師の商売道具を持っていくようになった。 「お礼に髪を切ってあげようと思ってね。道の駅で『カット無料』の看板を立てたこともあった。みんなとても喜んでくれたよ。女房と娘と3人で回ったときには、パーマや毛染めの道具も持っていったんだ」
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1964年、東京都生まれ。フリーランスのライター&エディターとして総合月刊誌、経済誌、ボクシング雑誌、歴史雑誌などの分野で活動。さらに出版社勤務を経て、2022年に青森県弘前市の相馬地区(旧相馬村)に移住し、3年間、当地の地域おこし協力隊として勤務する。退任後も弘前市に居住し、取材・執筆活動を続けている。
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