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大学中退してパチプロに…50歳男性の「その後の人生」。幸せな同級生たちが“見えないプレッシャー”に…――大反響セレクション

放浪をやめて不動産屋に戻るも…

パチンコ台 かくして武井さんは社長の言葉を信じて、バイトをしていた不動産屋に戻ることに。社長は約束通り受け入れてくれ、しばらくはアルバイト、契約社員として働き、28歳で正社員となった。武井さんは英語ができたため、外国人客の対応ができたことで、かなり重宝されたという。  だが、社長が体調を崩して引退し、息子が戻って跡を継ぐと社内の空気が一変した。 「息子さんは東京の大学を出て、大手のデベロッパーで働いていたのですが、そのやり方を持ち込んじゃったんです。『自社でマンションを建てるぞ!』なんて、威勢のいいことをいきなり就任挨拶で言い始めたんですが、こっちは町の不動産屋に毛が生えたような規模ですから、そんなの無理だし、そもそも同じ不動産でも仕事のやり方も規模も違う。古参の社員から順に毎月のように人が辞めていき、私も嫌気がさして辞めてしまいました」

名古屋に帰ってS先輩と再会

 そして、30代半ばにして仕事を辞めた武井さんは、その後また少し旅をしたが、結局名古屋に帰ることにした。そのとき頼ったのは、バックパッカーの道に武井さんを導いたS先輩だったという。S先輩は当時、名古屋市内で飲食店を何店舗か経営する飲食店運営会社で働いており、武井さんはS先輩に誘われるまま飲食業界に足を踏み入れることとなり、今に至るようだ。 「最初の頃は現場で右往左往してましたね。注文間違えて怒られたり、酔っ払いに逆ギレされたりね。いろんなお店を運営している会社だったんで、今日はイタリアンのお店、明日からしばらくは串カツの店、その次はフランチャイズの店で……って。英語ができたので、外国人のお客さんとトラブルになると他の店舗から働いている店舗に電話が掛かってきて通訳やらされたりして、もう、無茶苦茶コキ使われました(笑)」
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今のパチンコをみて驚愕したワケ
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グルメ、カルチャー、ギャンブルまで、面白いと思ったらとことん突っ走って取材するフットワークの軽さが売り。業界紙、週刊誌を経て、気がつけば今に至る40代ライター

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