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「両手足を切断しました」40歳女性を襲った病「最初は胃腸炎と診断されて…」10日間意識不明に――年末年始ベスト

講演会やコンサルティングの依頼が来るように

講演依頼などがくるように――現在は、講演会やInstagramのコンサルをされているそうですね。講演会では、どういったところに出張されるのですか? 久世さん:一番多いのは学校関係ですね。たまに企業様のスタートダッシュや気合を入れたいときに呼んでいただけたりしますね。「自分との約束を守れるかどうか」をテーマにお話ししています。 誰でも、今日こそやろうと思ったことを破っちゃうことってあるじゃないですか。私もそうで、1日に何回も約束を破ります(笑)。でも、その中でたった1つでも約束を守れたら自信につながると思うんです。 両手足を切断して死ぬほど痛かった時も、自分に「今日だけ頑張ろう」と言い聞かせて乗り越えてきました。それを忘れないように、講演会などでもお伝えしてます。 ――両手足切断の痛みは、どれくらいまで続いたのでしょうか。 久世さん:両手足でそれぞれ、1週間ほどでなくなりました。出産も相当痛かったけど、切断は「失うこと」で、出産は「希望」なので、捉え方がまったく違うと思いました。まあでも、痛みって忘れるものなんで!

「小学生のころから牛乳配達していた」

病気発症前の久世さん

病気発症前の久世さん

――久世さんのお話しぶりやビビットなファッションからは、自然と元気がもらえます。久世さんがポジティブなのは、病気をされる前からですか? 久世さん:元々派手好きでしたし、見た瞬間に元気になるような存在でいたいのは昔からです。 小学生のころから牛乳配達の仕事をしていたので「強くあらないと生きてこれなかった」側面もあると思います。苦労しましたが、頑張れば必ずいつか笑えるようになるんだなっていうのは経験しました。 ――幼いころから、たくましく生きてこられたんですね。 でも実は私、社会不適合者なんです。中学時代は塾を退塾させられ、高校からは非行に走りました。17歳から結婚するまで水商売をしてましたし。昔は、人に話しかけられないぐらいトゲトゲしてましたよ。 ――今の柔らかくて親しみやすい久世さんの姿からは、まったく想像できませんね。 久世さん:高校の1個下の子と久々に連絡を取ったとき「雰囲気変わりましたね」「あの頃話しかけられなかったです」と言われたほどです(笑)。 それに、病気する前はワンオペ育児だったので、子育てが自分の人生だと思い込んでました。やりたいことを周りに言うと笑われる経験ばかりだったし、いつしか夢を語らなくなっていました。
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病気になって手に入れたもの
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韓国のじめっとしたアングラ情報を嗅ぎ回ることに生きがいを感じるライター。新卒入社した会社を4年で辞め、コロナ禍で唯一国境が開かれていた韓国へ留学し、韓国の魅力に気づく。珍スポットやオタク文化、韓国のリアルを探るのが趣味。ギャルやゴスロリなどのサブカルチャーにも関心があり、日本文化の逆輸入現象は見逃せないテーマのひとつ。X:@bleu_perfume

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