47歳でテレビ局を辞めてタイに移住した日本人女性。“物欲まみれだった自分”から“お金をかけなくても楽しめる暮らし”へ――3連休ベスト
大事件ばかりがニュースではない、身近な小さな事件の方が人生を左右することも。注目のテーマを取り上げ大反響を呼んだ2025年の仰天ニュースを特別セレクション!(初公開2025年8月27日 記事は取材時の状況)
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今の日本社会のなかで、将来の展望を描きづらいと感じている人も少なくないだろう。そんな中、25年以上勤めたテレビ局を退職し、47歳で言葉も地縁もないタイ・バンコクへ単身移住した女性がいる。
現在は、バンコクで働きながら自身で立ち上げたYouTubeチャンネル「JaPhai」を運営する田中資恵(ともえ)さん。彼女がタイに住むまでには、どのような心境の変化があったのだろうか。
愛知出身の田中さん。地元の短大を卒業後、名古屋のテレビ局に25年以上勤務し、AD、FD、ディレクター、プロデューサーからキャスティングまで、番組制作のほぼすべての役割を経験。その後、東京支社編成部に転勤し、7年間ドラマの宣伝を担当した。
「東京に来て、キー局と同じ土俵で戦いたいという強い意識がありました。“ローカル局出身だから”と思われたくなくて、常に新しい宣伝企画に挑戦していました。しかし、7年目を迎えた頃、だんだん同じことの繰り返しに感じてきたんです。『もうテレビの仕事はやり切った』という気持ちが芽生えて、自分は『このままでいいのか?』という葛藤がありましたね」
そんな中で、フリーランスで東京に残るか、思い切って海外でゼロから始めるか。その二択から出した答えが後者だった。
「私にとって海外は未知の世界。でも、偶然にも後輩が旦那さんの赴任でタイに住んでいて、一度訪ねてみたら、日本人が住みやすそうだと思って。特にバンコクは日本人が住みやすい環境で『ここなら暮らせるかもしれない』と。日本の忙しい生活から離れて心機一転したく、思い切ってタイで挑戦してみようと思いました」
生活準備はほとんど行わず、スーツケース2つだけの荷物でタイに移住したという田中さん。不安などはなかったのだろうか。
「根拠のない自信だけはありました。もしもダメでも日本に帰って制作関係の仕事をフリーランスでやればいいかなって。日本でも周りの人に恵まれていて『いつでも戻ってきていいよ』と言ってくれていたので。
ただ、テレビ局時代に持っていた高級バッグや車、マンションなどはすべて手放しました。いざ日本に戻ってきたときに今までの生活水準を下げられないと思ったので。タイでは住まいと最低限のものだけがあればいい、これまでの自分を一度リセットして、何もかも捨ててタイに行こうと」
タイでは、日本でのキャリアを評価され、バンコクの日系不動産企業に入社。映像制作の経験を活かして宣伝用のYouTubeやポスター制作に携わった。ただ、働き方や待遇は日本と大きなギャップがあった。
「給料も良い方とは聞いていましたが、実際はテレビ局時代の約5分の1に。でも、一番驚いたのは月に6日しか休みがないこと。正月休みもなく、さらに転職後すぐにコロナ禍になり、給料が35%カットされ……。さすがにこのときは、家族や大切な人と会えなくなるのではないかと不安になりました」
テレビ局での激務を経てタイ移住を決意

田中資恵(ともえ)さん
タイで就職するも給料は5分の1に

バンコクの日系不動産に勤めていた頃の田中さん。YouTubeの撮影中
東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在はタイと日本を往復し、夜の街やタイに住む人を取材する海外短期滞在ライターとしても活動中。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano
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