更新日:2026年02月10日 16:35
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国の数だけ正義がある!国際法違反のトランプ政権の正義を分析/倉山満

「自衛」と「人道的干渉」の大義名分

 最大限弁護すると、保障占領までは許される。マドゥロはマフィアの親玉で、ベネズエラの国全体を支配していて、条約遵守能力が無い。つまりベネズエラはまともな外交交渉が通じる国ではなく、国内に責任ある法秩序が保てる国でもない。あまつさえ、米国に麻薬と犯罪者を輸出している。よってマドゥロ支配下のベネズエラは無主の地であるので、米国に対する自衛とベネズエラ人民を救済する人道的干渉として、ベネズエラを攻撃した。と自分で言っていれば、大義名分は立つ。  たとえば、ポル・ポト圧政下のカンボジアは、大虐殺で人口の四分の一が殺される地獄絵図だった。そこへ隣国のベトナムが侵攻したので、大虐殺を止めることができた。これはベトナムの人道的干渉である。ただし、カンボジアから見れば侵攻(俗に言う侵略戦争)である。これ、客観的に見れば「正義の侵略戦争」ではないか。

国際社会には、国の数だけ正義がある

 国際社会には、国の数だけ正義がある。この現実を認めるところから、国際法は出発している。  日本でも外国でも、「トランプのせいで国連や国際法が無力になった」とパニックになる連中が後を絶たない。しかし、国連など最初からただの会議場だ。何を期待しているのか。そして国際法を国内法と同じように解釈したがる人々の何と多いことか。特に刑法と勘違いしている。  国内法は、立法府が法律で定め、行政府が執行し、司法府が強制する。刑法など国内法は、主権者(主権を代行する政府)が万人に等しく適用する強制法である。  さて国際法を、誰が万人に等しく適用するのか。そのような主権者はいない。国際社会は主権国家が並立し、話し合いで解決しなければ、最終的に武力で解決する。いわば、「裁判官のいない民事裁判」のようなものだ。別名、「決闘裁判」。国際法は「決闘のルール」として発展してきた、主権国家間の合意法にすぎない。それでも「戦争の悲惨さを少しでも軽減できるように」との現実主義で発展してきた。
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現代国際法とその例外として、米国に認めてきたモンロー主義。この矛盾と、どう向き合うか
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皇室史家。憲政史研究家。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本近世史』が2月28日より発売

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通説を覆す「嘘だらけ」シリーズ日本史編、待望の第三弾。


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