更新日:2026年04月01日 17:04
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「司法試験も芸人も、目指す感覚は一緒」。弁護士芸人・こたけ正義感が語る、高いハードルを越え続けるための“合理的思考”

司法試験も芸人も、目指す感覚は一緒

──小さいハードルを設けてクリアしていく感覚は、芸人になってからも一緒? こたけ:全く同じです。プロで売れるかどうかなんてわかんないから、まずは「養成所を卒業する」とか、手が届く範囲にハードルを設けて、そこだけを目指す。いきなり上を見すぎたら、心が折れるじゃないですか。 エッジな人々──そこが賢さなのかもしれへんな。司法試験仲間がいない以外に、壁はなかった? こたけ:長時間勉強する習慣がなかったことですかね。僕が接してきた範囲で言うと、東大や京大に受かってる人って地頭もいいんですけど、それ以上に受験ノウハウの蓄積がすごいんです。一日の総勉強時間の増やし方とか、息抜きの方法をよく知っている。僕はそれが全くなかった。勉強法の本を読んでみたり、情報集めから始めました。妻も三輪先生と同じく東大卒なんですけど、「写真みたいに教科書のページを覚えて、頭の中でめくりながら探していた」と言っていました。恐ろしい世界やなと(笑)。 ──私も全部ガチガチに覚えるやり方で大学受験まで来たタイプ。でも、司法試験は覚える量が多すぎるから、通用しないんよね。 こたけ:僕も学部時代は、受験ノウハウの蓄積がないから、覚えたことがどこに整理されているのかがわからんままでした。でも、大学とロースクールに6年間通ったら、最後の最後に、ようやく自分が勉強していることを俯瞰しながら見られるようになったんです。それからは「法律で問題を解決する」ということを念頭に置きつつ、「適切な条文を探し出して、結論を出す」という作業の本質をどの科目でも実践していた。司法試験に関しても「本質」に重きを置いたら、全体が一気に整理されたんですよね。

芸人の本質は、「作品」を作ること

──では、芸人という仕事にとっての「本質」って何だと思う? こたけ:人によっていろんな考え方があるとは思うんですけど、僕自身は「作品」を作ることだと思っています。知名度や人気もある程度は必要ですが、僕自身は、基本的には作品作りを軸に据えて芸人の活動がしたい。 ──「弁論」もその一つなん? こたけ:そうですね。もともと『R-1グランプリ』や(※4)『ABCお笑いグランプリ』などの賞レースは、フリップネタや映像を使ったネタをしていたんです。ピン芸は短い時間で大きい笑いにするのが難しいので、コンビのネタに見劣りしないよう派手な演出で補っていました。でも、それが「その場でウケるためだけのネタ」のように感じて、むなしくなってきちゃって。例えば落語のように、技術を積み重ねていく芸をやらないと、将来的に活動を続けていけなくなるぞって思ったんです。 ──「弁論」は社会派漫談のように言われることが多いけど、自分としてはどう思う? こたけ:弁護士バッジをつけた人間が言うのも何ですけど、正直、芸人の仕事をする上で「弁護士」の肩書には重きを置いていないんです。「弁論」では生活保護や(※5)いのちのとりで裁判といった時事的なテーマも扱いますが、あれもあくまで「芸人」としてのチャレンジです。お笑いってテーマ設定が難しいほど評価されるようなところがある。今さら、僕がコンビニやファミレスの設定でウケるネタを作っても仕方ない。「社会的なメッセージを発信しよう」でなく、「このテーマで爆笑を取るの、すごくない?」という感覚なんです。 ──私は’24年、’25年と「弁論」を見させてもらったけど、確かにどんどん面白くなっているよね。「ネタ」と言わず「作品」と表現するのは、作ったものに普遍性を帯びさせたいという意図があってのこと? こたけ:そうですね。「弁論」のように、あるテーマについて身一つでしゃべるというシンプルなスタイルほど、自分の中にノウハウや芸が溜まっていく感じがあるんですよ。 ──「長く芸人をやる」ことにそこまでしてこだわるのはどうしてなん? こたけ:舞台でネタをやり続けたいからです。例えばベテランになってなおネタ作りを怠らない爆笑問題さんはやっぱりかっこいいし、自分もああなりたいという気持ちがあります。
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一時的な「バズり」には、惑わされたくない
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