更新日:2026年04月25日 09:10
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「パパ、ママへ。大好きやで」6歳女児コンクリ詰め事件…“優しい叔父”が殺人犯となった「決定的な瞬間」

「パパ、ママへ。大好きやで」…実の親ではない2人に対する感謝の手紙も

八尾市

玲奈さんの遺体を放置していた家があった場所。現在、Bの家は建て替えられていた

 そして2006年9月ごろ、玲奈さんは飯森被告の当時の自宅で、飯森被告・交際相手のAと3人で生活するようになる。この自宅は今は解体されたが市営の団地だった。飯森被告は、当時の生活を懐古した。 「昼間はテレビを見たり音楽を聞いたり、車で出かけたりもしました」  当時5歳だった玲奈さんは、幼稚園に通うことはなく、起床は正午ごろだという。起床後、食事などを済ませると、「ゲームセンターや公園に遊びに行ったりしていた」とのこと。さらに、飯森被告は玲奈さんの将来を考え、ドリルを買い与えて勉強を教えたり、しつけをすることもあった。 「友達できたら、こういうことをして、こんな悪いことをしたらあかんよと教えていました」  さらに、生前の玲奈さんとの思い出を尋ねられると、数秒考え込んでおもむろに話した。 「まず『パパ』と言ってくれたことと、釣りに行ったり、海に行ったりしたことですね」  そんな玲奈さんは、飯森被告から教えてもらった言葉を使いながら、実の親ではない二人だが、日ごろの感謝を手紙につづった。 「パパ、ママへ。大好きやで」

愛情と苛立ちが交錯…わずか数ヶ月で崩れた日常

 10月は玲奈さんの誕生月。飯森被告はケーキを購入して、誕生日を祝ったという。供述の限りでは、一般家庭と遜色ない生活に思えるが、次第に影が落ちはじめたようだ。  引き取ってから2ヶ月も経たずして、飯森被告にはこんな感情になり始めたと、関西弁を交えながら言葉を紡いだ。 「愛情はあるんですけど、(玲奈さんが)いるのがしんどくなってきました」  当時6歳の玲奈さんは無邪気な年頃。「食事中に食べ物をこぼしたり、仏壇のお供え物を食べることもあった」といい、その度に飯森被告は注意するものの、玲奈さんの態度が気に食わなかった。 「怒っていることにすぐに『わかりました』と言ったり、『わかりません』と言ってきたり……」  苛立ちが募りはじめた飯森被告は、ついに「怒り」を抑えることができなくなった。
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犯行当日の“異様な証言”
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傍聴歴7年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大の大学院に在籍中の現役大学院生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴をはじめ、有名事件から万引き事件など幅広く傍聴している。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行なっている。
Xアカウント:@Gakuse_Bocho

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