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西武黄金期のリーダー・石毛宏典は“大工志望”だった。野球部に入った理由は「家事をサボるため」

家庭環境が不安定でもグレなかった

   リーダーの素地が備わっていたことを思わせる、こんなエピソードもある。 「何の時だったのかは覚えていませんが、小学生の時に担任から『おい石毛、仕切ってくれ』なんてことを言われることもけっこうありました。運動会なんかでは、『よーいドンっ!』と合図を出す係も任されていましたし、勉強に関してはそんなにできませんでしたが、スポーツに関しては石毛、みたいに思われていたのかもしれません。 『生徒会長をやってくれ』と頼まれたこともありました。忙しくなるのが嫌だったので、『副会長であればやってもいいですよ』と答えたら、『じゃあ、副会長をやってくれ』と。会長と違ってやることはあまりなかったですね(笑)」  石毛は今年(2026年9月)で70歳を迎えるが、年齢を微塵も感じさせないほど、いつもエネルギッシュだ。また、自身の性格を「あっさり」「さっぱり」と表現し、良くないことがあっても、あまりくよくよしないタイプだという。 「お袋は家事のほかに野良仕事もしていて、尚且つ舅、姑との問題も抱えていたんです。涙を流している姿をけっこう目にすることもありました。自分が6年生の時だったでしょうか。お袋から『もう帰るぞ』と手を引っ張られ、月夜の灯りの中、飯岡にあるお袋の実家まで幾度となく行くことがありましたね。住んでいた旭から15キロくらいあって遠いので、『またか……』と子供ながらに思っていました。親父とお袋が離婚するかどうかっていう問題だったのですが、当時はそういう問題が起こっていたことを知る由もありませんでした。  学校にもお袋の実家から通う時期がけっこう続きましたね。ただ、家庭環境が不安定な状況でも自分はグレるようなことはなかったんです。性格的にも、あまり物事を深刻にとらえるタイプではなかったのかもしれません」  西武黄金期を牽引した類まれなリーダーシップ、走攻守で発揮した抜群の運動能力。これらは生まれながらに備わっていた部分だけではなく、石毛が過ごした幼少期の環境や周囲の大人たちによって育まれ、また導かれた部分も、多分にあたったのだろう。「野球を続けていこうとか、プロ野球選手になるんだと思ったことは一度もない」という石毛が、球史に燦然と輝くチームのリーダーだったのだから面白い。人生とは、わからないものだ。 <取材・文/浜田哲男>
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界を経て起業。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ・ニュース系メディアで連載企画・編集・取材・執筆に携わる。X(旧Twitter):@buhinton
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