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北大合格も「及第点ね」…過干渉な母親に”我慢の限界”を迎えた女性が取った行動。「熱々のパスタを顔に投げつけられた」過去も

苛烈な言葉の暴力を浴び、我慢は限界に

――ちなみにお母様からどんな仕打ちを受けましたか。 らむ:古い記憶だと、小1くらいのときに、筆箱で殴られたのは覚えています。どうして怒られたのかは判然としないのですが……そのときは母から謝られましたね。 中学くらいのときも覚えていることがあって。母がご飯を作ってくれて、「ご飯だよー」と呼んでくれたらしいんです。「らしい」というのは、勉強に集中してしまうと、周囲の物音が聞こえなくなってしまうので、わからなかったんです。それに業を煮やした母が私のところにきて、フライパンからまだ熱々のパスタを顔にめがけて投げつけてきたんです。幸いヤケドには至らなかったものの、「熱い」というのはわかりました。 ――らむさんの成長とともに言葉による暴力に変わっていった。 らむ:そうですね。たとえば親戚がたくさんいる前で、「この子なんて北海道大学を出たのに、文系職について、期待外れなの」と言ったり。直近で喧嘩したときは、はっきりと「(あなたを)産んで後悔している。期待通りの娘ならよかった」と言われました。

呪縛を断ち切るため…決別を選択

――さまざまな被害を受けているようにみえますが、縁を切ろうと思うまでにはなかなか至らない。 らむ:そうですね。離れて暮らしてからも、必ず月に1回は電話がくるのですが、私は30分くらいで切り上げたいんです。でもだいたいいつも何時間も話すことになってしまっていました。LINEも毎週来て、面倒に感じてスタンプ1個だけ送ったりすると、「お母さんのこと舐め腐ってるからそういう態度なんだよね?」と激怒されます。 ――「縁を切りたい」投稿のきっかけは、お母様が前の職場に電話をして、会社を辞めたことを把握したことでしたよね。 らむ:端緒としてはそうですね。その職場は堅い職場で、母がとても気に入っていました。しかし実際に働いてみるといろいろたいへんなことがあって、私は退職を決意しました。当然、母が知るところとなれば怒ると考え、私は特に伝えずにいたんです。ただ、そういうさまざまなことを考えるのも、もう疲れてしまったんですよね。母に対して私の人生から出ていってほしいなと今は思っています。 ――具体的に、どのような手段で距離を置いたのでしょうか。 らむ:LINEで「自分のことは自分でやるので、しばらくかかわらないでほしいです。一旦ブロックさせてください」と送り、ブロックをしました。現在もそのままです。 ===== らむさんがアイドルを志したのは、社会人になってからだという。母親の呪縛から解き放たれ、本当の意味で自由に踊れる日が来ることを心から願う。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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