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実は「ビーチサンダル」は日本生まれだった…世界初を生んだメーカーが明かす誕生秘話。“元祖”のモチーフは「草履」

ついに「世界初のビーチサンダル」が誕生

パスティン氏が持ち込んだ原案は、左右が同じ形で底面もフラットな日本の草履に近いものだった。そこから左右の足の形に合わせ、かかと側を2mmほど高くすることで、歩きやすさを追求した。しかし、試作品が完成してもすぐには成功しなかった。 「当時のスポンジは製造の都合上、アンモニア臭が強く普段使いには向かないとされました。また、アメリカ人向けに開発をしましたが、それまで足の指で何かを挟む履物を知らなかったアメリカ人にとって、鼻緒は痛く邪魔な存在だったようなんです」 こうした意見をもとに微調整を繰り返し、ようやく商品として売り出せるものが完成。1955年に「ビーチウォーク」と名付けられた商品がアメリカへ輸出された。 「ポスターも使って大々的に広告したこともあって、発売の翌年には1か月で約10万足が売れるほど、瞬く間にヒットしました。当初の販売価格は1.95ドルで当時のレート(1ドル=360円)で計算すると702円ほどです」 ビーチウォークは現在、世界初のビーチ用の履物として、国立科学博物館のデータベースにも登録されている。

発売から70年、変わらぬ形を保つ

ブルーダイヤ

日本人向けの「ブルーダイヤ」

アメリカでのヒットを受け、同年には日本人向けに改良された「ブルーダイヤ」も販売を開始した。これが日本初のビーチサンダルである。(※現在は日本国内での「ブルーダイヤ」の販売は終了し、「ビーチウォーク」を販売している) 「アメリカ人向けに、鼻緒を細くしていましたが、日本人向けに太くして安定性を高めました。この時に完成したデザインは、発売から70年以上たった現在も変わっていません」 この「ブルーダイヤ」を日本で最初に販売したのが神奈川県葉山にある「げんべい商店」。同店は、「ビーサン買うならげんべい」と掲げ、国内有数のビーチサンダル専門店として知られている。
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「100均のビーサン」とは一味違う
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Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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