難局を乗り切った合理的判断
――飲食店を続けるうえで、大きかったのがコロナ禍だと思います。
白田:あの時は本当に人がいなくなりました。店を開けてもお客さんが来なかったです。
――営業時間や酒類提供の制限もありましたよね。
白田:酒類の提供時間は、エリアによって午後8時までの地域と9時までの地域に分けられていて、うちの店は8時までのエリアでした。9時までなら、仕事を終えた人が7時頃から飲みにいけますが、8時までだと1時間ほどしかありません。これでは、なかなかお客さんも来ませんよね。正直「自分たちが何をしたんだ!」と思いました。
――制限が解除されてから、お客さんは戻りましたか。
白田:比較的早く戻ってきたと思います。とはいえ、それまでの間は状況に合わせて打てる手を打つしかありませんでした。
――具体的には、どのようなことをしたのでしょうか。
白田:当時は、国の「Go To Eat」と大阪府の「少人数利用・飲食店応援キャンペーン」があり、ミナミ地区ではさらにポイントが上乗せされていたんです。税込5500円以上の予約をすると、1人利用なら計5000ポイント、2人利用なら計6000ポイントが予約者に付与される仕組みだったんです。そこで、1人でも利用できる5500円の食べ飲み放題や、2人向けに1人2750円のコースを作りました。その結果、17時台、19時台、21時台と、ディナーの3回転すべてで全卓が埋まり、キャンペーン期間中は連日、全席が予約で埋まりました(笑)。
――雇用調整助成金なども活用したのでしょうか。
白田:制度が始まると、すぐに調べました。最初の申請はかなり複雑で、労働局に何度も足を運び、資料を作って確認してもらいました。大阪の会社のなかでも、かなり早い段階で申請したと思います。
――お話を伺っていると、白田さんって非常に合理的に仕事をされていると感じます。
白田:そうかもしれません。自分でも、そういうタイプだと思います。
――2024年には南海通り店をオープンしました。2店舗目を出したのは、どのような経緯だったのでしょうか。
白田:道頓堀店が入っているビル全体が、約10カ月休業することになったんです。その間に、優秀なスタッフが辞めてしまう可能性もある。自分一人なら何とか生活できても、スタッフ全員を働く場所がないまま雇い続けるのは簡単ではありません。なので、雇用を守るために、新しい店が必要だったというのが大きいですね。
――今後も店舗を増やしたいという思いはありますか。
白田:増やしてもいいとは思っています。店舗が増えれば店長などのポジションを作れますし、任せられる人が増えることで、スタッフのモチベーションにもつながると思うんです。
――出店するとしたら、どのあたりを考えていますか。
白田:やはり、なんば周辺だと思います。自分の目が届く範囲にしたいですし、僕自身、移動が嫌いで(笑)。これまで通勤や通学に15分以上かけたことがほとんどないので、ここから片道30分もかかる場所には出さないでしょうね。出しても、おそらく足を運ばなくなるので。
大阪府出身のフリーライター。関西圏のインディペンデントカルチャーを中心に、インディーズバンドやライブハウス、レコードショップ、ミニシアターなどを取材。現場の雰囲気や表現者の背景、地域に根づく文化のつながりを文章で伝えている。これまでにプレジデントオンライン、All About、Skream!、Lmaga.jp、Meets Regionalなどへ寄稿。 X:
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