「AI失業」は社会を変えるチャンス

「資本主義の歯車に巻き込まれず、自分の大切なことに時間を使う」
――最近は仕事にAIを使うのが一般的になりましたが、「かえって疲れる」という声もあります。
斎藤 AIを道具として使うか、AIに使われるかの違いでしょう。前者は発想や効率化に生かせるけど、後者は思考を委ねて技能を失う。そこに能力格差が生まれ、虚しさにつながるんじゃないですか。
――AIが数秒で出力した資料を、何時間もかけて修正していると虚しくなります。
斎藤 そういう状況をマルクスは
疎外(※)と呼びました。本来は道具だった物に使われ、仕事の自律性を失う状態です。私が忙しくても消耗しないのは、自律性を守り、やりたいことに時間を使っているからです。
――では、AIに疎外されている人々は、どうすれば?
斎藤 そんな仕事は辞めるべきでしょ。
――身も蓋もないですね(笑)。
斎藤 AIに疎外される仕事を、人間が担う必要はないということです。コンサルや投資家などのブルシットジョブはどんどん置き換えればいい。一方、農業や配管工などのエッセンシャルワーカーは代替しにくく、もっと評価されるべきです。アメリカでは配管工の年収も上がっている。そうした仕事を目指す選択肢もあるでしょう。

舌鋒鋭く現役世代への喝を入れる斎藤氏
――実際には、リスキリングや副業で淘汰されないように足掻き、さらに消耗する人が多数派です。
斎藤 副業は労働時間を増やすだけなので勧めませんが、リスキリング自体は悪くない。問題は、主導権を資本の側が握り、都合のいい技能を労働者に押しつけることです。社会に必要な職業を公的に養成し、例えば農家への転身を支援する職業訓練校を作る。技能を私たちの側に取り戻せれば、AI失業やリスキリングブームは、資本主義に楔を打つ機会になります。
――ホワイトカラーからエッセンシャルワーカーへの転職には勇気がいります。住宅ローンがあれば返済計画にも影響が出ます。
斎藤 住宅ローンは諸悪の根源ですよ。40年、50年先まで働き続ける契約で、仕事も辞めにくくなる。資産価値の高い物件への集中は、周辺の家賃も押し上げる。パワーカップルがタワマンを買っても、都内では70平米前後で、子供を育てる空間もない。一見勝ち組でも、資源を消費し、社会の再生産を妨げているという意味では負け組です。
――AI失業に怯え、リスキリングブームに煽られ、住宅ローンに働かされ続ける。現役世代の未来は暗そうです。
斎藤 資本主義は再生産を犠牲にしてでも金儲けをさせるシステムです。NISAやタワマンの含み益で恩恵を受けていても、子供を諦めたり、住宅ローンを50年も抱えてたりする。真の意味では幸福には、なれないですよね。

「住宅ローンは諸悪の根源ですよ」
――現役世代は、どうすれば資本主義社会の苦しみから抜け出せますか。
斎藤 難しいかもしれません。なぜなら、現役世代は資本主義の常識の中で何が欲しいか、どんな人生を送りたいかまで固めてしまっているじゃないですか。今さら抜け出すのは難しいでしょう。
――打つ手なしですか?
斎藤 すぐには難しいでしょう。むしろ、社会主義により強く共感するのは、資本主義社会に人生を取り込まれていない人。すなわち、若者と高齢者ですよね。
――アメリカでは社会主義に共感する若者が増えているとは言いますよね。
斎藤 アメリカの格差は日本とは桁違いだし、ハーバードやスタンフォードを出た若者たちも、AIに就職先を奪われている。彼らが「社会主義しかない」と立ち上がるのは自然です。その流れは遅かれ早かれ日本にも来るでしょう。
――現役世代は高市政権の支持率が高く、社会主義には親和性は低そうですが。
斎藤 でも、私は「愛国左翼」を自称しているし、そういう人たちと現状認識が重なる部分はあるんですよ。例えば、参政党支持者が日本の閉塞感や将来不安に怒る点には共感する。ただ、「日本人ファースト」や「強い日本を取り戻す」という解決策には同意しません。
――では、資本主義社会に追い立てられずに生きるアドバイスはありますか。
斎藤 デモに行ってもいいし、労働組合に入ってもいいし、森林保全の運動に参加するのもいいんじゃないですか。要は、資本主義社会の外側に少しでもいいから出てみて、何らかの活動をすれば良いと思います。それも嫌ならば、没落する社会の中で粛々と崖の向こうに落ちていくしかないのかもしれません。
<注釈>
脱成長
斎藤氏が著書『人新世の「資本論」』で唱えた。無限の成長を志向する資本主義社会から脱却し、市民主導での社会運営を目指す思想。
ReHacQの高橋プロデューサー
高橋弘樹。元テレビ東京プロデューサー。現在は株式会社tonari代表取締役社長として「ReHacQ」を運営。
「そこまで言って委員会NP」
読売テレビが制作する政治系バラエティ番組。保守色の強い番組として知られる。
テクノ資本主義
斎藤が近著『人新世の「黙示録」』(集英社)で批判した現代の社会体制。巨大テック企業に富が集中する社会や経済のシステムを指す。
ジョージ・オーウェルの『1984年』
イギリスの作家・ジョージ・オーウェルが1949年に刊行したディストピアSF小説。独裁者「ビッグ・ブラザー」が率いる党によって、全国民が監視下に置かれている。
DOGE(政府効率化省)
2025年1月に第二次トランプ政権下で発足。当初、イーロン・マスクが組織を主導したが、同年5月のマスクの政権離脱に伴い、活動は失速。同年11月に事実上解散した。
バンドワゴン効果
多くの人が選んでいる選択肢を自分も選びたくなる心理現象。
疎外
人間が作り出した機械や貨幣などが逆に人間を支配する状態。また、それによって人間性が奪われる状況を指す。
アメリカでは社会主義に共感する若者が増えている
格差拡大などを背景にZ世代を中心に社会主義への好感度が高まり、2025年には「民主社会主義者」を自称するゾーラン・マムダニのニューヨーク市長当選を後押ししたとされる。

【斎藤幸平】
1987年生まれ。経済思想家。東京大学大学院総合文化研究科准教授。マルクス主義研究における世界最高峰の賞・ドイッチャー賞を日本人として初めて受賞。新著は『人新世の「黙示録」』(集英社)。
取材・文/島袋龍太 構成/安羅英 撮影/スギゾー