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「なぜ勝てない?」武豊×シックスペンスは最下位…日本馬がフランスG1で直面する“30年前との残酷な落差”

 この30年で、日本競馬のレベルは大きく上がった。今では日本馬が海外の大レースを勝つことも、決して珍しくない。  ところが、なぜかフランスでは思うような結果が出ていない。  8月16日、フランスのドーヴィル競馬場で行われたG1・ジャックルマロワ賞に、日本からシックスペンスシュトラウスが参戦した。結果はシュトラウスが9着、今年の安田記念を制したシックスペンスは10頭立ての最下位だった。

シックスペンス最下位で広がった「輸送失敗」との指摘

武豊騎手

武豊騎手 
写真/橋本健

 シックスペンスの手綱を取ったのは、日本競馬を代表する武豊騎手。自身18年ぶり6度目の挑戦となったが、厳しい結果を突きつけられた。レース後、SNSでは敗因をめぐってさまざまな見方が広がった。  特に疑問視されたのが輸送や現地入りのタイミングだ。2頭はレース約1週間前に日本を出発し、オランダのアムステルダムからさらに陸路でフランスへ移動。ある投稿は「実力不足ではなく単なる輸送の失敗による調整不足」と指摘した。  また、挑戦そのものを否定するつもりはないとしながら、近年の日本馬による欧州遠征のあり方に疑問を向ける声も見られた。

1990年代は4勝、2020年代はいまだ0勝という厳しい現実

 では、本当に日本馬は近年、フランスで苦戦しているのだろうか。  1990年代以降のフランスG1における日本調教馬の成績をたどると、近年との違いがはっきり見えてくる。  1990年代は延べ9回の出走で4勝。3着以内は6回で、その割合は66.7%だった。それに対して2020年代は、今回の2頭を含め延べ22回出走していまだ0勝。2着もなく、3着はエントシャイデンが2021、22年のフォレ賞で記録した2回だけだ。3着以内に入った割合は9.1%にとどまる。  当時は現在ほど多くの日本馬がフランスへ向かっていなかったため、勝率だけを並べて優劣を決めることは難しいかもしれないが……。  そこで、遠征前に日本国内のG1をすでに勝っていた馬だけに絞ると、さらに興味深い数字が出る。1990年代は7戦して3勝、2着2回、3着0回。これに対して2020年代も出走数は同じ7戦ながら、3着以内は一度もない。  1998年にはシーキングザパールがモーリスドゲスト賞を勝ち、タイキシャトルは今回と同じジャックルマロワ賞を制覇。翌1999年にはエルコンドルパサーがサンクルー大賞を勝ち、凱旋門賞でも2着に入った。  その後も日本馬はフランスで存在感を示している。2010年にはナカヤマフェスタ、2012、13年にはオルフェーヴルが凱旋門賞で計3度2着。2016年には武騎手が騎乗したエイシンヒカリがG1・イスパーン賞を制している。  しかし、それを最後に日本調教馬のフランスG1勝利は途絶えているのも事実だ。

世界各地でG1を制する日本馬がフランスでは勝てない謎

 ただ、世界全体で見れば日本馬の国際競争力が落ちたとは言いにくい。近年は香港や中東、アメリカなどでG1タイトルを次々と獲得。欧州でも2019年にはディアドラがイギリスのG1・ナッソーSを制している。  日本馬が世界各地で存在感を高める一方、フランスでは近年苦戦が目立つ。では、この違いの要因は何なのだろうか。  今回のジャックルマロワ賞は、日本ではほとんど見られない直線だけの1600m戦。シックスペンスが6月の安田記念を勝った時計は1分32秒1だったのに対し、ジャックルマロワ賞を制したライフの勝ち時計は1分35秒50だった。  同じ1600mでも3秒以上の差がある。東京競馬場とドーヴィルではコース形態が異なり、今回は馬場状態も稍重だったため単純比較はできない。それでも、日本で問われる速さだけでは埋まらない違いがあることは見えてくる。
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「重い芝」だけではない…シックスペンス大敗の原因は
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競馬歴30年以上の競馬ライター。競馬ブーム真っただ中の1990年代前半に競馬に出会う。ダビスタの影響で血統好きだが、最近は追い切りとパドックを重視。競馬情報サイト「GJ」にて、過去に400本ほどの記事を執筆。

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