9人分の歌割り、フォーメーションを覚えて選抜メンバーに
――ライブメンバーは、どういう基準で選ばれるんですか?
本城:事務所の方たちが、歌とダンスと、その見せ方で選んでくれるんですけど、私は歌に関しては本当に初心者というか、できなかったんです。でも、ライブに続けて出られるようになったきっかけがあって、大事なライブのときに、選抜メンバーの子が体調不良で出られなくなっちゃったんですよ。私は、どこの枠に入ってもいいように、みんなの歌割り、フォーメーションを9人分全部覚えていたんです。
――9人分を?
本城:9人分です。だから、次の日、そこに入れたんです。事務所の人も「こんなに頑張っているんだ」って認めてくれて、そこからライブに出られるようになりました。
――選ばれる人って、そういうエピソードが必ずありますよね。
本城:確かに(笑)。歌とダンスでは、ほかのメンバーには絶対に勝てないから、私が勝てるところといったら、そういう地道なことを続けたり、覚えたりするしかなかったんです。
――運も味方になってくれたんですね。
本城:確かに、そうでしたね(笑)。しかも、大きめのライブだったので、頑張りました。
――ファン投票ではなく、事務所の人が選ぶのは斬新ですね。
本城:ファンから人気があったとしても、ライブ活動やレッスンをしていく上で態度が悪かったり、挨拶ができなかったり、ほかのメンバーをいじめたりすると、どんなにスキルがあっても落とされていました。
――完全実力主義ですね。同時に学校にも通っていたんですよね?
本城:学校に行って、部活に行って、レッスンという生活でした。テニス部では副部長だったんですけど、徐々に部活には出られなくなったんです。芸能活動が最優先だったので、部員たちにはちょっと申し訳なかったですね。
――学校、アイドル、部活と、3つともやるのは大変じゃないですか?
本城:大変だったんですけど、私が本気で頑張ろうと思えたのは、アイドル活動が人生で初めてだったんです。学校生活や習い事は、ちょっとやればそれなりにできちゃう感じだったので、あまり頑張っていなかったんです。それで、学校生活に退屈していたんですけど、ちょうどアイドルという夢ができて、そこに向かっていったことで、いろいろ変わりました。
――認められたから、やる気が起きたんですね。
本城:学校のテストみたいに、「これは間違い、これは正解」とはっきり答えがあるわけではなくて。「自分が商品」という芸能界には正解がないから、すごく魅力的な世界だったんです。
――売れることが一つの結果として正解ではあるけど、そこにたどり着くまでの道のりって、わからないですもんね。そういうことを考えながらやっていたんですか?
本城:考えるのが好きでしたね。わからないまま頑張ることは絶対にできないから、突き進むためのモチベーションを絶対に作り上げてから走るタイプでした。
――「当時は大変だったな」「芸能界って厳しかったな」と思うことはありますか?
本城:一番きつかったのが、毎週の体重測定です。あとは、年頃の女の子たちなので、メンバー同士のいざこざみたいなのも常にあって辛かったですね。
――体重測定はギリギリ、ハラスメント行為ですよね。何キロ以下とか、そういう基準があったんですか?
本城:当時は156センチだったので、「40キロぐらいがいい」と言われていました。私はグループのリーダーだったので、メンバーへの示しをつけなきゃいけないし、スタッフさんにもちゃんと示さないといけなかったので、指定された体重からマイナス2キロを絶対に維持している時期がありました。
――38キロですか! ガリガリですよ。
本城:私は筋肉質で体重が重めなんです。だから、その時はすごく痩せすぎていたと思うんですけど、意地になって、「絶対に40キロは超えちゃいけない」って律していました。ほかのメンバーも頑張っているし、私も引っ張っていかなきゃいけないから、「自分がもしこれでオーバーしていたら、何も言えないな」と思っていたんです。だから、体重を減らすことはめちゃくちゃストイックにやってました。
――スリムなほうが売れるからという狙いだったんですか?
本城:テレビカメラに映ると、太く見えるんですよ。それにメンバー全員の背丈が一緒なので、全員の体重が合っているほうが見栄えがいいんです。なので、みんなで同じぐらいの体重になるように頑張ってました。
――具体的には、どうやって体重を落としていたんですか?
本城:食べないとステージに立っていられないから、食べてはいたんですけど、給食ではなくて、自分が作っていたカロリー制限したお弁当を食べていました。それに、レッスン後は帰宅して若干ご飯を食べるんですけど、その後は近所を何十分も走り、とにかく運動量を増やしていました。帰り道も電車も、1駅分は歩いたりもしていました。