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[被災女性⇒風俗嬢]に見る東北コミュニティの崩壊

 被災した女性が生活〝復興〟のため、風俗に身を投じているーー。
 週刊SPA!!6/7号「風俗嬢に転身する被災女性の悲劇」記事の取材を通じてわかったことは、東北と風俗の世界にある、残酷さだった。

 被災地・東北の現地取材を進めていくと、「被災して仕方なく風俗へ」という悲惨な印象が少々薄らぐ。というのも、被災者が意外にあっけらかんと、比較的オープンに風俗勤めをしているからだ。この背景には、東北社会の中における風俗の位置づけにある。

 東京の風俗嬢は、社会のあらゆるコミュニティからも抜け落ちてしまった女性が集まる傾向が強い。誰も守ってくれないから、風俗に堕ちるというのが、東京のケース。だが、東北ではまったく逆だった。

誰かを守るために風俗を選ぶ、のである。

 子供や親、稼ぎの悪い夫、ときには親戚や親戚の子供までを自分の風俗の稼ぎで養おうというモチベーションが高いのだ。たしかに、この不況で各地から「養うための風俗嬢」が東京に増えてきてはいる。とはいえ、東北出身者の数はその比ではない。

 また、被災地である東北男性の需要には「話し相手」という部分もある。だが、これは、なにも被災後に限った話ではない。以前、東北で援デリ産業(出会い系を利用した売春斡旋)を定着させようと挑んだ業者がぶち当たった壁が、プレイ時間を短く限定できないことだった。

 数で勝負の援デリ業者(出会い系で売春斡旋を行う違法業者)にとって、2時間コースでも長すぎるのに、食事付きのお泊まりコースと、東北の援デリ利用者の男性には「ヌクだけ」という発想が馴染まなかったのだ。

 ある意味で、東北の風俗には温かみがある。風俗店には結束も強く、互助システムがある意味、うまく機能しているとも言える。スタッフの家族もすべて含めて、助け合いの組織なのである。だからこそ、東京の風俗産業に流れてきた被災女性の闇は、一層深い。東北の手厚い互助社会から外れてしまった、被災者だからだ。
本当にこの記事を掲載してよかったのだろうか。今でも後悔の念が絶えない。

「震災を思い出したくないから」という理由で取材を拒否するコもいた。
 彼女は、余震のたびに音が鳴る携帯電話の地震警報エリアメールでパニックを起こし、2時間も手の震えが止まらなかったという。

 取材に応じてくれた援デリ嬢は「地元で働くとバレが怖いから東京に来た」と言い、表情や感情が弛緩していた。決してホッとしたからではない。真っ白の頭は何も考えられず、それが能面のような表情を作り出していたのだろう。体重も、震災から19キロも痩せてしまったという。

 津波に流された実家から持ち出したという荷物は袋に入れられたまま。乾かされることも洗われることもなく、海砂や貝殻などと混ざり、腐敗臭を発していた。

 それをコインロッカーに入れたまま2か月が経とうとしている。なんとかする気力も搾り出せないのが、彼女の精神状態なのだ。⇒続く

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