番外編その3:「負け逃げ」の研究(10)

 スパのマッサージ台で目覚めたのが、午後2時過ぎ。

 身体には純毛の毛布が掛けられてあった。

 マッサージの途中で、あまりの心地よさに「落ち」てしまったのだろう。

 熟睡だった。

 エキサイティングでスリリングなアクションが繰り広げられるカジノに来たというのに、どうも寝てばかりいる(笑)。

 スパの大風呂に浸かってから、下に降りた。

 本日の「労働」は既に終了している。

 博奕(ばくち)を打つ気はなかったのだが、プレミアム・ルームを覗いてみた。

 ここいらへんは、わたしの悲しき習性。

 教祖さまが居た(笑)。

 岸山さんがIさんと、別のテーブルで打っていた。

 どうやらIさんはMGMから移動してきたようである。

 この時、他に打ち手はいない。

 日本人専用のプレミアム・フロアと化していた。

 教祖さまの隣りに、例の若くて綺麗な女性が坐っていない。

 彼女を大陸の「業者」にでも、売り飛ばしたのか(笑)?

 教祖さまの卓には、1000HKD(1万5000円)のキャッシュ・チップが、100枚でワン・スタックとして(通常、ワン・スタックは20枚)、5本半ほど積んであった。

 前日に別のハウスで見たときよりも、ずいぶんと減っている。

 ここでのバイインがすくなかったのか、それともかなりやられているか。

 わたしは後者だと判断した。

 じゃ、また教祖さまの裏目を張って、稼がせていただくか。

 博奕を打つつもりはなかったが、そして本日の「労働」は既に終了した、と思っていたのだが、どうもわたしはおカネの匂いに弱い(笑)。

 その前に、Iさんにご挨拶。

 豪快な博奕を打つ人である。

 だから、勝つときも負けるときも、でかい。

 おまけに、プレミアム・フロアのバカラの打ち手としては珍しく、イロモノのベットを好む人である。

 イロモノというのは、サイド・ベットのこと。

 タイとかトイチ(=ペアのこと)にも、ばんばんと賭ける。

 Iさんが5万HKDのベットを落としたところで、背後からわたしは声を掛けた。

「3か月振りくらいですかね」

「おっ、森巣さんか。じゃ、行きましょう」

 と次のベットは、タイとトイチに2万HKDずつのベット。

「本線は、やっぱりプレイヤー」

 プレイヤーを指定する白枠には10枚の1万HKDのチップを置いた。

 じつはわたしがIさんと話合うようになったきっかけは、これとまったく同一のベットをしたときだった。

 このときより7年ほど前のことだったと思う、某ハウスのヒラバでたまたま同席した。

 Iさんは、タイのベットは失ったものの、そのとき他のすべてのベットを取っている。

 トイチの配当は11対1(オリジナル・ベットは残るので、都合12倍の戻し)だから、44万HKDプラス10万HKDマイナス(タイの)2万HKD。

 一手で52万HKD(780万円)の勝利となった。

 マカオの大手ハウスでは、ヒラバのバカラ卓でも一手10万HKDくらいのベットは、ごくフツ―に見掛ける。

 しかしヒラバの一手で52万HKDを仕留めた人をみたのは初めてだった。

 それ以降、マカオの大手ハウスのプレミアム・フロアで、ちょくちょくIさんをお見掛けするようになった。

 最初の出会いの記憶が残っていたから、「おっ、森巣さんか。じゃ、行きましょう」となったのであろう。

 ケーセンを示す電光掲示板を見てみると、やたらと「トイチ」が多いシューだった。

 シューを半分くらい消化したところなのだが、既に12回も「トイチ」が出ている。

 通常、わたしはイロモノには手を出さない。

 控除率が悪いからである。

 でも、ここは……。

 悪い誘いがあった。

 心の中に冥府魔道の風が吹く(笑)。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(11)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。