ばくち打ち
第6章:振り向けば、ジャンケット(12)
優子がオフィスに戻ってきて、都関良平の回顧は中断された。
「初日は皆さん、ギャンブルしたくてたまらないのですね。夕食はホテル内の中華で済ませるそうです。『帝影樓』のマネージャーに、会計はこちらに回してくれるよう伝えておきました」
と優子。
「どれぐらいで打っていた?」
と良平。
「一人一手に1万HKD(15万円)から5万HKD(75万円)あたりのベットです」
あの中華レストランはちょっと値が張るのだが、その平均ベットの打ち手たちであるなら、問題なくカヴァーできるだろう。
宮前クラスの打ち手だと、三宝商会が提供するのは、ホテルの宿泊と接待ディナーが一回のみ。それ以外は、かかった費用をキャッシュ・バック分から差し引いていく。
「具合はどうだった?」
「勝ったり負けたりですね」
「張り合って打っていたの?」
「いえ、皆さん、同一方向です」
韓国内のカジノと異なり、マカオのVIPフロアでのバカラは、基本として「打ち手VSハウス」の構図となる。それが規則ではないのだが、ほとんどの打ち手たちはベットを一方の側で揃えた。
「じゃ、崩れだせば速いかもしれない。うちはお客さんに回してもらわなければ商売にならないんだから、適当なところで休息を入れるように、優子さんが言ってあげてね」
「はい、わかっています。良平さんは『百田』さんをご存じだったのですか?」
「昔、ニュー・リスボア(=グランド・リスボア=澳門新葡京酒店)でカネ貸しをやっていた男だ、と思ったのだけれど。宮前さんと同じ業界だと言っていたよね」
「広告業界だとうかがっています」
「貯めた銭で、会社を買ったのかな」
オモテの肩書も必要だから、世間で通用する業界の小さな会社を買う。
怪しげなカネ貸し業をやっている者には、そういう連中も多かった。
「わたしが夜の部の面倒を見るから、優子さんはもう帰っていいよ。明日は正午には出勤してください」
「かしこまりました。いちど良平さんに訊こうと思っていたのですが、ジャンケット・フロアって、裏社会の住人っぽい人が多く感じるのですが、わたしの勘違いなのでしょうか。前回のお客さんに頼まれてご案内した中規模ハウスの『L(註・リスボアではない)』のジャンケット・フロアなんて、業者もお客さんも、もう全員『そのスジの人』っていう風体でした。わたしたちだけが浮いてしまって、一手も打たずお客さんと一緒に逃げ帰ってきたのですが」
優子が言った。
「ああ、あそこは特別だ。あれのVIPフロアは、大陸の黒社会(黒幇)ご用達だと陰口を叩かれている」
良平は笑った。
「怖かったですよ。皆さん、シャツからはみ出すほどの入れ墨を入れていて、おまけに親分風の人が打っていると、その背後には必ず上着のポケットに掌を入れたボディ・ガードみたいな人が、2~3人立っていました。ここのハウスにも、たまにそれ風のジャンケットが入ってきますよね」
「すべてがそうではないさ。でも、濃淡の差はあるものの裏社会と合法のジャンケットがつながってしまうのは、ある意味仕方ない部分もある」
「なぜですか?」
「なぜだ、と思う?」
優子の質問に、良平は質問で返した。(つづく)