第317回

6月28日「古武道に学ぶ」

・ユーチューブでは世界の格闘技を見まくることができる。大男がぼかすか殴り合うガチンコファイトだけでなく、達人技の貴重な記録映像も潤沢だ。これまでは中野ブロードウェイの「大予言」でビデオを買わなければ見られなかったような古武道の秘技秘術がばんばんアップされている。

・そういう動画のファン層にも受けそうな武道映画『黒帯』の試写。哲学や様式美としての空手を本格的に描いたものだ。昭和初期「絶対に攻撃してはならない」という教えを遺して死んだ達人の3人の弟子達が、様々な敵を苦悩しつつ迎えうつ。

・沖縄空手は、「空手に先手なし」という思想を実技に取り入れている武道である。もちろん組み手もあるが、特に型を徹底的に練習する。一つ一つに深い哲学がある呼吸や動きを流麗につないでいくものである。この映画は実際の達人が多数出演し、格闘だけでなくこの型の美しさをきちんと見せる。そういうシーンのいくつかだけでもユーチューブに流してみたら良い前宣伝になると思う。

・「先手なし」というのは、達人は弱い相手がかかって来ても相手にしない、とか、右の頬を殴られたら左の頬を出す、といった倫理のことではない。例えば相手の突きを受け流しながらその腕を捻って関節を外したり、蹴りを膝や肘で受けることによって骨折させたりする、という、受けによって相手にダメージを与える技で戦う。防御こそ最大の攻撃である、という思想が底流にあるのだ。

・沖縄空手に限らず、合気道や柔道にもこの考え方は存在する。日本の国防のあり方が議論されるが、こういう伝統的な美学を土台にきちんと立ち位置を決め込めば、専守防衛の形式でも強い軍備を確立することは不可能ではないと考える。核ミサイルを持つことを考えるよりも、核を遠隔爆破する技術を本気で研究してみるというのはどうだろうか。

6月29日「クリエイティブと組織」

・会社の資本金を1000万円から3000万円に変更。単に書類上の作業で、急に事業が大きくなるわけではない。むしろ小回りが利くようにするために増資したのだ。これからはできるだけ小型で高機能な会社を目指したいと思っている。

・最近、1円で会社を作れるようになったからどんどん起業しようぜ的な煽りをよく見かける。資本金ってのは別に取られるお金ではない。口座にいくら用意しとくか、単にその報告に過ぎないのである。事務所借りたり人雇ったりするなら最初に数百万単位でお金は出ていくのだ。いや別に自分は個人でやっていくつもりだから大きな金を動かす予定ないし、という人、じゃあなぜ会社を作るの?

・ビジネスは社会的に大きく展開したいから会社を作りたいんだ、という人がよくいる。会社さえ作ればいきなりそういうことができるようになる錯覚が、なぜか、ある。会社を設立したからといってどこから会社のヒトが湧いて出てきていろんな大きな仕事やめんどくさい作業をてきぱきとこなしてくれるようになるわけではない。自分の会社の仕事は当然自分でするのだ。つまりめんどうくさい仕事はますます増えるのである。

・税金については個人でもきちんと帳簿をつけてさえいれば正当な経費は認められるし、今は税率もほとんど変わらない (余ったお金の半分くらい)。社会的な信用については、クリエーターなら個人名と作品タイトルの方がずっと重要なのである。今、個人クリエーターが自分の会社を設立する意義は、砦として、戦車としての機能を持つことにあると思う。

6月30日「僕の場合はこんな感じ」

・短編はたいてい頭の中だけで書き上げる。実はこれ、慣れると簡単。テキストデータだけなのだから、原稿用紙数十枚くらいなら写真1枚よりも容量は小さい。画像を頭に思い浮かべるよりも楽な作業なのである。しかも執筆中は目を瞑っていても良いので、関係のない視覚情報に邪魔されない。

・長編については脳のRAM容量が足りないので、一度ケータイなどに打ち込んで、プリントアウトして部屋いっぱいに並べる。それを1枚の絵として眺め、濃淡や構図などのバランスをとりつつ並べ替えていく。いわゆるフラッグとなる箇所にはマッチ棒で作った旗を立てていく。さらに全体に着色する感覚で書き足しをしていく。

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PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。