中国に対抗するベトナムの本気度とベトナムとの関係強化を図る日本

ベトナム人民海軍

ベトナム人民海軍

ベトナムが中国に対抗


 この夏、「ベトナムが南沙諸島でロケット弾を配備」との報道がされた。配備されたミサイルは、中国が基地を建設している3つの礁を射程に収めているそうだ。周辺各国を始め、アメリカや日本も中国の南シナ海での行動に対して非難の声を上げるなか、ベトナムは独自に中国を牽制しはじめたといえるかもしれない。

 もともと中国は南シナ海で密かに行動を開始していたが、2年前にその様子が報道された時、ベトナムでは市民による大規模な反中デモが起こった。ベトナムは1979年、中国と戦い(中越戦争)、1984年には両国間の国境紛争も起きた。だが、ベトナムはいずれも中国には負けておらず、国民のあいだでも「中国なにするもの」といった意識が高いのだろう。

 ベトナムで、徐々に反中感情が高まりつつあったなか、中国はベトナムに軍事的威圧を行えば、ベトナムは屈服すると考えているようだが、かえってベトナムの闘争心に火をつけたことになる。

 中国同様に、ベトナムではデモやネットは監視されている。しかし、2年前の反中デモが政府から黙認されたように、ネットでは中国批判が多く書き込まれるようになったという。

日本とベトナムの連携強化


 日本も昨今の反日デモや人件費高騰の影響を受け、中国への依存を薄めつつ東南アジアの国々との関係性を強化しつつある。ベトナムも日本の経済界との関係強化に前向きで、日本からの投資は特別優遇することを検討すると述べた。

 台湾も2014年までは輸出の4割を中国に依存してきたが、最近は関係を弱め、ベトナムとの関係を強化しつつある。敵の敵は味方という言葉があるが、日本とベトナムの関係強化は中国に対する強い布石になるだろう。

 今年7月には、ホーチミンに百貨店の高島屋がオープンするなど、日本の「おもてなし」がベトナムに根付くきっかけになるのは喜ばしいが、実は戦時中も、ベトナムに対して、日本がフランスからの独立を支援していたという歴史的な関係がある。そこで、ベトナムに殉じた日本軍人の知られざる秘話を紹介する。

ゲリラ部隊を率いた石井少佐


 ベトナムで終戦を迎えた石井卓雄陸軍少佐。彼はベトミン(ベトナム独立同盟)の愛国心に共鳴し「敗北の帰還兵になるより、よろこんで大東亜建設の礎石になる」と将校3人とともにベトミン軍に投降した。そしてクァンガイ軍政学校教官となり、民兵やゲリラ訓練を指導する。

 1948年にはクァンガイは戦場となったが、大隊を支えた石井がフランス軍を撃破。翌年も各地でゲリラ戦を指揮する。しかし、1950年、フランス軍と交戦中に戦死。1969年になってサイゴンに石井の謝恩碑がたてられ、翌年、日本に移された謝恩碑は香川県の陸上自衛隊善通寺駐屯地で安置されている。

 この石井卓雄少佐のエピソード以外にも、戦争中の知られざる逸話を70話収録した『昭和の戦争の真実』(拳骨拓史著)が育鵬社から発売中なので、興味のある方はご一読いただきたい。(文/育鵬社編集部A)

昭和の戦争の真実

私たち日本人が語り継ぐべき歴史がここにある




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