カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第23講・コピーされる産業革命」

ナポレオン、彼も技術盗用に熱心だった

ナポレオン、彼も技術盗用に熱心だった

ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す!著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。                   

国際特許制度のなかった時代


 イギリスで起こった産業革命は、他のヨーロッパ諸国、アメリカ、日本にも波及します。この波及という言葉は穏やかな表現ですが、実際には技術の盗用でした。ワットの時代、イギリス国内で特許制度が整備され、開発者の利益はある程度、守られていました。しかし、それはイギリス国内での話であり、一歩国外へ出れば、盗み放題でした。

 プロイセンの技術者はイギリスの機械技術の盗用に最も熱心で、独自の改良を加え、工場設備を進化させました。プロイセンはドイツ東北部に位置するドイツの前身の領邦国家です。プロイセンでは、ユンカーと呼ばれる大地主たちが大規模農場を経営し、ヨーロッパ随一の穀物輸出国でした。

 ヨーロッパの16世紀以降の激しいインフレで、穀物コモディティの値段が跳ね上がり、プロイセンは巨額の収益を上げました。また、18世紀以降のヨーロッパの人口増大でも、穀物価格は上がり、プロイセンは収益を上げていました。

 穀物輸出で、資本を蓄積した富裕なユンカーたちのなかで、商工業経営に転身し、ブルジョワ化する者が多くいました。プロイセン王フリードリヒ2世の治世の後半にあたる18世紀末には、地主層の大半が何らかの商工業経営への投資に関わっていました。当時のプロイセンの産業として、陶磁器、武器・弾薬の生産、炭鉱・鉄鉱などの鉱工業などが栄えました。

 これらのプロイセンの産業はイギリスで発明された蒸気機関力や製鉄法を取り入れて、生産の機械化や工場の大規模化を推し進めました。当時のプロイセンのような後進国では、発明・開発などの特許という概念などなく、技術の盗用に対し、罪悪感を持つ者はいませんでした。イギリスは、これを取り締まる手段もなく、訴える場所もなく、放置するしかなかったのです。

 大地主であるユンカーが中心となり、近代工業化への開発投資が加速し、産業革命の波及(盗用)がプロイセン周辺のザクセン、ハノーヴァーなどの領邦にも拡がり、ドイツ経済は大きく成長しはじめます。

国家ぐるみの技術盗用


 フランス人のやり方はもう少し上品(戦略的)でした。産業革命後、フランスもイギリスの優れた工業製品の攻勢に苦しめられていました。ナポレオンは1806年、イギリスを排除するため、大陸封鎖令(ベルリン勅令)を発布します。この勅令では「イギリス本国・植民地から来るあらゆる船は、ヨーロッパの諸港に寄港させない。もし寄港するならば船体と積み荷を没収する。」と規定されていました。

 ナポレオンは産業革命を遂げたイギリスの工業力の脅威をよく認識していました。大陸からイギリス製品を締め出し、イギリスに経済的打撃を与えるとともに、フランス産業を保護育成し、ヨーロッパにおけるフランス工業製品の市場拡大と販路の確保を狙います。

 保護育成とは、フランスが国家権力ぐるみで、公然とイギリスの産業技術を盗み取ることを奨励するということです。盗みに補助金が供されて、フランスの産業技術の向上に貢献した者は勲章を与えられました。フランスが独自に開発した技術は何一つありませんでしたが、フランスは大陸封鎖令によって、イギリスの産業革命をコピーすることに成功しました。

 因みに、大陸封鎖令を守らなかったロシアに対し、ナポレオンは激怒し、ロシア遠征に向かうも、返り討ちに合い、ナポレオンは没落します。

【宇山卓栄(うやま・たくえい)】
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。最新刊は『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)

世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。




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