世界史の中の日本 本当は何がすごいのか【第11回:日本とアメリカ(続)】

パール判事の碑(縮小)

東京裁判の判決に異議を唱えたパール判事の碑

第一次世界大戦後のアメリカ


 第一次世界大戦後、軍事力をもとにアメリカが世界を制覇する姿がはっきりと現れてきます。第二次世界大戦に向かう過程で富がアメリカ一国に集中し、軍事力で突出してくる形が明確になってきます。これは第一次大戦でヨーロッパが戦場となり、多くの国が戦火を被って疲弊した中で、アメリカはまったく戦場にならなかった、という事情もあります。また、世界中から移民してくるアメリカに移民国家としての統一性が出てきたということも大きな要因になっています。

 このような情勢の中で、日本は大平洋を挟んでアメリカと向かい合うことになります。

 移民国家であるアメリカの人種を含めた構成は複雑ですが、二十世紀に入ると、軍事力を握るアングロサクソン、つまりWASP(アングロサクソン系白人新教徒)と金融を握るユダヤ人の二つの連合、というあり方にまとまっていきます。

 このような中でヨーロッパではナチスが台頭してきます。ナチスはドイツ民族の優越を唱え、ユダヤ人を迫害しました。これへの対抗として、ユダヤ人の多くは社会主義に傾くことになりました。このことはあまり語られることはありませんが、非常に重要な事実として忘れてはならないことです。

 社会主義のイデオロギーがユダヤ人から広まったのです。マルクスもユダヤ人でした。そのユダヤ人たちがナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命してきます。彼らは民主党政権下でルーズベルト大統領の周辺に入り、内政や外交をにないます。

アメリカは日本の社会主義化をもくろんでいた


 世界恐慌の後、1933年、民主党の力が強まり、非常に左翼的な施策がとられます。ニューディール政策です。そこにユダヤ人勢力の影響を見るのは容易です。それと同時に、太平洋を隔てて向かい合う日本に対して、一つの方向付けがひそかになされました。当時、アメリカは日本をどう見ていたかといえば、天皇を戴く非常に封建的な国家である、という認識でした。この認識から出てきた対日方針とは、民主主義の名をかたった社会主義化でした。このことは数々の証拠によって裏付けることができます。

 ユダヤ色が浸透した民主党を導くルーズベルトが、この方針を実行していきます。それが日米開戦への道となったのです。日米交渉がその舞台でした。

 日米交渉のどん詰まりに出てきた最後通牒。これは国務長官ハルの名を冠してハル・ノートとよばれますが、ユダヤが握る金融の力を存分に発揮するものでした。石油輸出の全面停止。日本の海外資産の全面凍結。日本が到底受け入れられない条件を提示したのがハル・ノートだったのです。

 日本の出口は戦争以外にはなくなりました。

 念のためにいえば、この時期は東西対立の冷戦状態とはまったく逆で、ソ連を支持し、支援していたのはアメリカだったのです。ナチスと対峙するソ連のユダヤ人とアメリカ・ホワイトハウスの連携はうなずけるところです。ハル・ノートを作成したのはホワイトハウスとソ連のスパイである、というのは事実であり、歴史を見る上でこのことを無視してはなりません。

原爆投下と戦後アメリカの占領政策


 最後は原爆の話です。

 戦争を早く終わらせるための原爆投下だったというのが通説です。しかし、原爆投下を単に孤立した軍事行動ととらえることはできません。日本を、封建的社会を変え、社会主義化しようとする以上、日本を変えるためにはまず徹底的な破壊が必要とする一つの象徴的な行為が原爆投下という軍事行動だった、と理解するのが妥当です。原爆投下はそうしたアメリカの政策だったのです。

 この時期、アメリカは非常に左翼化していた、ということを歴史を見る上ではしっかりと念頭に置かなければなりません。

 この視点を認識すれば、原爆に関わったのがオッペンハイマーをはじめとする左翼ユダヤ人科学者たちだったことも、注目されてくるはずです。

 さらには戦後、日本を占領下に置いたアメリカが日本に対して行ったことも明瞭になるでしょう。

 すなわち、東京裁判、財閥解体や学制改革、農地改革、そして憲法などがそれです。それは二段階社会主義革命の一段目だったのです。そこに左翼化していたアメリカの姿を見るのは容易です。その当時のアメリカへの認識を改めねばならないのです。

(出典/田中英道著『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか

他国の歴史と比べることで見えてきた日本の“いいところ"。




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