災い転じて福……もある[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第6話)]

振られないためにも「ふるふる」

振られないためにも「ふるふる」

連れ合いと弟妹の引き合わせが実現した


 首に縄を付けられるように入院したが、昨日のアタフタは嘘のように、この両日、静かに過ごしている。きっと週末のせいなのだろう。

 6時半に看護婦さんが来て、血圧、体重、酸素飽和度などを計る。酸素飽和度測定とは指先を器具で挟み、血中酸素の濃度を計り、心肺機能を診る検査だ。この後、朝食が配膳される。食後はテレビを視る。

 勝手に室外に出ないように言われているので、動くのは室内だけで、さながら檻の中の熊。一時はボクの心臓も緊急事態と思ったが、思ったより安定しているらしい。

 手持無沙汰この上ないが、さりとて持ってきた本を読む気にもなれない。あれほど本が読めると意気込んでいたのに……。

 こんなのんびりした日が、長年の悩みを突然解決するという有り難い日になるとは、この時までは思いもよらなかった。

 日曜(2016年4月10日)の10時ころ、渋谷の次弟が朝刊を持ってきてくれた。渋谷から慈恵医大病院のある芝まで歩いてきたという。弟は73歳になるが、どうも富士登山を計画しているようで、足腰を鍛えているらしい。

 病状にも事新しく話す材料がないので、世間話をしていると、入り口の引き戸が少し開いて連れ合いが顔をのぞかせた。この二人は時に予告なしでやってくる。ボクはハッとした。

 連れ合いは「お邪魔かな」と思ったらしく、入ってくるのをちょっとためらったが、ボクは「千載一遇のチャンスだ」とひらめいた。連れ合いとは12年間も一緒に暮らしてきたが、ボクの一族郎党には会わせていなかったのである。

 どこかでキチンと紹介しておかないと、ボクが万一の時にドタバタするのが目に見えていた。そんな心配を胸に秘めつつも、家と家は没交渉で、一度も引き合わせたことがなかった。

 連れ合いもボクも2度目の結婚だから、お互い、家と家の付き合いは二の次だった。ボクも連れ合いの家族に会ったことがない。反対しているのかなと思ったがそうでもないらしい。ただ、31という年の差が大きいこともあって、連れ合いがどこまで従いて来てくれるのか、ボクには自信がないこともあった。

 披露したはいいが、時を経ずして、「別れました」ということになると恰好悪くて様にならない。そんなわけで親族の引き合わせがのびのびになっていたのである。もちろん、一般的な話としてそれまでにも、それぞれにそれぞれの人物像は話してきた。

 けがの功名というか、病気の功名というか、引き合わせのチャンスが突然やってきたのである。

「淳ちゃん、入りなよ。弟を紹介するよ」といって二人を引き合わせた。
「初めまして」「初めまして」とそれぞれ自己紹介していたが、連れ合いが「今度はとんだことでお世話になります」と言った。弟も「ボクもびっくりしました」などと応じていたがそのうち妙な展開になった。

ふるふる仲間に


 お互いに連絡を取り合おうということになったらしいのである。二人はスマホを取り出してなにやら入力していたが突然、扇子をあおぐようにそれを振り動かした。

「なにやってんだ」と聞くと、弟は「ふるふるだよ」と答えた。あっけにとられていると、無料通話アプリLINEをやっている同士は目の前で互いに、スマホを振ると、それだけでつながるのだと解説した。

 連れ合いがLINEを重宝していることは聞いていたが、弟までやっていたとは知らなかった。弟はその後リハビリで自転車こぎをしているボクの写真を連れ合いに送ったりした。ただで送れるのだという。連れ合いはそれを見て「リハビリってあんなことをするんだ」と知った。

 弟は時々間違って別のLINEグループへのメールを連れ合いに送ることもあるらしかった。連れ合いも几帳面にそれに返信しているようだ。

 しかし、これで長年気にしていた連れ合いと兄弟の引き合わせが実現した。その後病室で妹や甥姪たちにも引き合わせることができた。大病で入院しなければこんなことは実現しなかったかも知れない。ボクの心配事が一つ消えた。

チャンスは突然やってくる。生かすも殺すも即断即決だ。

協力:東京慈恵会医科大学附属病院

【境政郎(さかい・まさお)】
1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。




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