世界文化遺産から読み解く世界史【第1回:トンガリロ国立公園・ピラミッドVS富士山】

トンガリロ国立公園(縮小)

トンガリロ国立公園

世界文化遺産と日本

 7月9日、「宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡)」がポーランドで開催されたユネスコ世界遺産委員会で、正式に世界文化遺産として登録されました。
 そこで今回は、「世界文化遺産と日本」をテーマに、数回にわたってコラムを掲載します。

世界文化遺産としての富士山

 2013年、富士山が世界文化遺産に登録されました。また、富士山に先んじてシチリアにあるエトナ山も世界自然遺産に登録されています。エトナ山は富士山と同じ活火山ですが、山の形の比較でいえば、ニュージーランドのトンガリロ国立公園にあるナウルホエ山(標高2291メートル)が富士山よりは低いものの、実によく似ています。また、ここには2797メートルのルアペフ山と1967メートルのトンガリロ山という活火山があり、これらを含めたトンガリロ国立公園として世界遺産(複合遺産)に登録されています。

 エトナ山でもキリマンジャロでも山が世界遺産に登録される場合、だいたいが自然遺産です。自然の美しさが評価されているのです。ところが、トンガリロ国立公園は文化と自然の複合遺産になっています。その理由は、トンガリロ山一帯がポリネシアから渡ってきた先住民マオリ族の文化と信仰の中心地だったからです。

 トンガリロ山には、マオリ族の神官や族長も埋葬されていました。ところが、イギリスの侵略によってニュージーランドが植民地になると、入植者がトンガリロ周辺を牧場として開拓し、聖地を侵していきました。これを危惧したマオリ族の首長ツキノ四世は、1887年、聖地を守るためにこの地域の永久保護を条件としてイギリス政府に譲渡しました。その結果、1894年にニュージーランドでは初めて、世界でも二番目の国立公園に指定されたのです。このマオリの人々の聖地としての文化的な価値が認められて、トンガリロ国立公園は1993年に複合遺産として登録されました。

 私はこういうマオリの人々の長い文化的な信仰をとても自然なものであると感じます。日本では千居遺跡という縄文遺跡が静岡県富士宮市にあります。そこでは縄文人たちが富士を仰いで、富士の形をした岩を置いて信仰したと考えられています。この遺跡は富士という山が持つ神秘的な雰囲気、またその自然が日常生活を超越した存在であったことを如実に示しています。重要なのは、山が連なっているのではなく、単独で存在しているという点です。それはあたかも神のようにその場にあるのです。その点で、トンガリロ国立公園の山と富士山は似ているところがあります。

 しかし、富士山ははるかに高いという点で、さらに深い意味があります。それは天上により近い、ということです。『竹取物語』では、かぐや姫が人々の結婚の申し込みを退け、最後には天皇の申し込みさえ断って月の世界に帰ってしまいます。そのとき、断られた天皇は一番天上に近い場所が富士山だと考え、富士山でかぐや姫の形見を燃やします。この日本で最古といわれる物語に、富士山がそのように描かれているということは、当時の人々が富士山を天に一番近い場所だと信じていたことを示しています。

 私は、「高い原」という言葉で『万葉集』にもうたわれている富士山が、高天原の一つの原型になったと見ています。高天原というものが富士山の上にあって、そこに神々がいるのではないかと考えるのです。実際、富士山に雲がかかると、そこに神々がいるような幻想的な風景にも見えてきます。

 このように高さの持つ神聖な意味は普遍性なものです。かぐや姫の例を出しましたが、高いということは天に近いということなのです。これはヨーロッパにおいて高い建造物がつくられた動機にもなっていると思われます。日本の富士山のようなものが自然的存在として存在しない場所では、人工的であってもそういう高さを持ったものをつくりたいという気持ちが生じてくるのです。

 エジプトのピラミッドは、その典型といえるでしょう。ナイル川の低地に高いピラミッドをつくることによって、人々の天を仰ぐ気持ち、天に近づきたい気持ちを体現しているのです。その創造のエネルギーの大きさは、ピラミッドの規模の大きさに如実に反映されています。

 これは宗教の区別を越えたすべてのモニュメントに共通するものです。ボロブドゥールやアンコール・ワットも山をイメージしています。中央に須弥山に見立てた高みをつくり、そこに仏教なりヒンドゥー教なりの聖地を見ているのです。あるいは近代になっても、パリのエッフェル塔にそういう欲求が見られます。パリの人たちがエッフェル塔を眺めるのは、江戸から富士山を望むという感覚に近いように思います。

 飛行機やロケットが飛び交う今日、高さというものを物理的なものとしてしか感じない人が多くなりました。しかし、自然というものは昔もいまも同じように存在し、神秘性を帯びているのです。いまだに科学でも予想できない姿を見せ、動きを示す、その不可思議さは変わりません。その不可思議さが、われわれの自然に対する憧憬や感動に結びつくのだろうと思います。

 そうした意味で、富士山が世界文化遺産へ登録されたということは、高さというものが持つ重要な役割を知らしめることであり、さまざまなモニュメントあるいは文化遺産を見る一つの大きな鍵となると思われます。

(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』(最新刊)ほか多数。

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