世界文化遺産から読み解く世界史【第5回:ヴェローナ市(ロミオとジュリエット)VS京都(源氏物語)】

ヴェローナ ジュリエッタの家のバルコニー(縮小)

ヴェローナの ジュリエッタの家のバルコニー

恋の東西

 世界文化遺産の対象となるのは建築あるいは美術が中心ですが、その中に文学というものが入ってもいいように思います。文学がその場の雰囲気をつくるということがあるからです。ここではイタリアのヴェローナ市と日本の京都という二つの世界文化遺産を舞台にした東西の恋愛小説、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』と紫式部の『源氏物語』を比較しながら、文学が雰囲気をつくるということを考えてみたいと思います。

『源氏物語』は、その主人公の光源氏のモデルが左大臣源融ではないかといわれているように、藤原家の当時の栄華を背景にしているものです。紫式部によって『源氏物語』に描かれた恋愛の作法というものは、決して周囲の調和を乱さず、壊さないことを前提としています。一つの批評として、『源氏物語』には政治や戦争が出てこないと指摘されますが、これは西洋の恋愛物語との違いでしょう。

 西洋においては、政争や戦争というものは物語をドラマティックにする要素であり、そこに恋愛が絡んでいくというところに物語の魅力が生まれてきます。『ロミオとジュリエット』もそうです。この物語はヴェローナにおける教皇派と皇帝派の対立を背景にして、皇帝派に属するモンタギュー家の一人息子ロミオと教皇派に属するキャピュレット家の一人娘ジュリエットの悲恋という構造をとっています。どちらもヴェローナの名家であったわけですが、別の派閥に属する両家の対立がロミオとジュリエットの悲劇を生むのです。

 このシェイクスピアの代表作が、争いに巻き込まれた若い男女の恋愛という構図をとることによって優れた文学作品になり得たのに対して、『源氏物語』にはそういう対立がありません。しかし、宮廷社会の動きによって盛衰する家と家の微妙な関係の変化というものがにじみ出て、それがある種の悲劇性、哀れさ、「もののあわれ」といわれる雰囲気を生み出しています。

 同じ恋愛物語をとっても、東西では違うということは、シェイクスピアと紫式部の例からよくわかります。しかし、どちらがいいかということは簡単にはいえません。日本の宮廷のような安定した世界では、皇子であっても紛争の先頭に立つようなことはありません。そうした中で微妙な男女の恋愛の起伏を刻むとともに、宮廷文化の豊かさを表現していくというのが紫式部の文学です。これは日本文学の洗練度といっていいもので、ヨーロッパにないものです。ですから、必ずしも争いを基本にした西洋の文学が優れているというわけではない、ということです。

『源氏物語』の微妙な心理を描く手法は、たとえば20世紀初頭に書かれたプルーストの『失われた時を求めて』のような物語の先駆になっています。『失われた時を求めて』は20世紀を代表する小説ですが、そこでプルーストが描こうとした世界がすでに11世紀の日本文学にあったということは実に稀なる、あるいは奇跡的なことです。それは日本に宮廷文化という安定した社会があったからこそ、実現したのです。その意味で、『源氏物語』は日本文学のレベルの高さを示すとともに、日本の社会の高度さをも示しています。『ロミオとジュリエット』と比較すると、野蛮なヨーロッパと洗練された日本という対照性がそこに感じられます。

 ヴェローナの町に行くと、ジュリエットのモデルとなった娘が暮らしていたとされる家があります。その雰囲気はシェイクスピアが描いた恋愛劇があったかのごときものです。町として多少の演出をしているところもあるようですが、シェイクスピアの戯曲にそれだけ人気があるということでしょう。

 ヴェローナにはアレーナがあって、夏になるとオペラが開催されます。『ロミオとジュリエット』はもちろんのこと、『トスカ』『アイーダ』『カルメン』など、いろいろなオペラが歌われます。これによって、ヴェローナはイタリアでも文化度の高い、洗練された町の一つとなっています。そこには華やかさ、貴族的な華麗さ、優雅さが感じられます。逆にいうと、そうした町の雰囲気はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』がつくったといっていいように思います。

 これは紫式部の『源氏物語』が洗練された京都の雰囲気をつくるのに貢献しているのと同じです。上賀茂神社、下鴨神社、平等院といった平安文化の香りを残す文化遺産が『源氏物語』の世界を人々に感じさせるのです。このように、ヴェローナと京都というのは、文学が町の雰囲気をつくり出すということを示す東西の好例だと思われます。

(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』(最新刊)ほか多数。

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