【連載小説 江上剛】深夜、自宅の電話が鳴った。妻・小百合が恐る恐る受話器を取り…… 【一緒に、墓に入ろう。Vol.9】

義母危篤の知らせに、「あなた一人で行って」と心底迷惑そうな妻……

「はい、大谷ですか」 小百合が恐る恐る受話器を取る。 〈あっ、姉さん。兄ちゃんいる〉 小百合が焦っている。清子からの電話のようだ。 「あ、はい、お待ちください」と小百合は「清子さんからよ」と受話器を俊哉に渡す。 俊哉は深刻そうな表情で受話器を取る。 「俺だ、こんな夜中に何か急用か? おふくろのことか」 ぶっきらぼうに話す。 〈お母さん、容態が急変したのよ。急いで帰ってきて〉 「そんなに悪いのか」 俊哉も焦る。 〈医者もここ数日が山だっていうのよ。癌って言われて三年以上もがんばったけど、遂にダメかも〉 強気の清子もさすがに泣きそうだ。 「分かった、明日の一番の新幹線で帰る。迷惑をかけて悪いな」 清子への気遣いを忘れない。 〈じゃあね、早く帰って来てね〉 電話が切れる。 「お母さん、大変なの」 小百合が不安そうな顔を近づける。 「ここ数日が山だそうだ。すぐ帰って来いって。お前も一緒に行こう。明日、一番の新幹線だ」俊哉は、準備の為に立ち上がった。 「万が一ってこともあるから、礼服も持っていこう」 「えっ、私も行くの?」 小百合が迷惑そうな顔で言う。 「当たり前だ。行かないでどうする?」 「亡くなってからでいいでしょう。明日は、短大の親しい友達との何年振りかの食事会なのよ」 「そんなの断れよ。緊急なんだから」 何を言っているんだ、こいつは。義理とは言え母親が死にそうになっているのに食事会だなんて! 「だって、私、幹事なのよ。困るわぁ」 心底迷惑そうな顔をする。 「困るも何もない。死ぬのに時を選べないだろう。行くんだよ、お前も」 俊哉が困惑した口調で言う。 「勝手に決めないで。私、行かない。とりあえずあなた一人で行ってよ」 ぷいっと横を向く。 「勝手にしろ!」 俊哉は、ついに大声を張り上げた。 <続く> 作家。1954年、兵庫県生まれ。77年、早稲田大学政治経済学部卒業。第一勧業(現みずほ)銀行に入行し、2003年の退行まで、梅田支店を皮切りに、本部企画・人事関係部門を経て、高田馬場、築地各支店長を務めた。97年に発覚した第一勧銀の総会屋利益供与事件では、広報部次長として混乱収拾とコンプライアンス体制確立に尽力、映画化もされた高杉良の小説『呪縛 金融腐蝕列島II』のモデルとなる。銀行在職中の2002年、『非情銀行』でデビュー、以後、金融界・ビジネス界を舞台にした小説を次々に発表、メディアへの出演も多い。著書に『起死回生』『腐食の王国』『円満退社』『座礁』『不当買収』『背徳経営』『渇水都市』など多数。フジテレビ「みんなのニュース」にレギュラーコメンテーターとして出演中(水~金曜日)江上剛
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