世界文化遺産から読み解く世界史【第6回:サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路VS伊勢参り・お遍路】

サンティアゴ・デ・コンポステーラ

サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂

人はなぜ巡礼の旅に出るのか

 スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラは、キリスト教の十二使徒の一人であり最初の殉教者となったヤコブを祭る聖地で、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教徒にとっての三大巡礼地の一つに数えられています。この地で9世紀にヤコブの遺骨が発見されたことから巡礼の目的地となり、12世紀にイベリア半島で盛り上がりを見せた国土回復運動(レコンキスタ)に合わせて巡礼者の数が増加しました。

 サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路は、トゥールの道、リモージュの道、ル・ピュイの道、トゥールーズの道といういずれもフランスの4つの街道を出発点とします。それらの道はピレネー山脈を越えたイベリア半島のプエンテ・ラ・レイアで合流して、最終目的地のサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かいます。

 巡礼というのは世界中に見られる宗教的行為ですが、キリスト教の場合は殉教者のお墓に詣でるという形式をとります。キリスト教は4世紀初め(313年)にローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって公認されますが、それ以前は弾圧を受けて数々の殉死者を生みました。キリスト教はすべての人は罪を背負っていると教えますから、人々は殉教者に対して強い共鳴を抱き、それが巡礼への動機ともなります。

日本の巡礼――お遍路とお伊勢参り

 これに対して日本の巡礼は、末法思想の流行によって生じた浄土信仰とかかわります。たとえば、西国三十三ヶ所巡りは、観音信仰に基づく三十三ヶ所の霊場を巡りますが、これは現世で犯した罪業を滅し、極楽往生を遂げることを目的としています。また、四国の霊場八十八ヶ所を巡るお遍路さんはよく知られていますが、これは空海が訪ねたお寺を信者たちが回るという形になっています。

 お伊勢参りは天照大神が祭られている伊勢神宮に巡礼するわけですが、この巡礼も最初は来世の救済を目的としていました。江戸時代に五街道が発達すると、現世利益や観光の目的で全国から人々が訪れるようになります。特に関東や東北からやってくる人が多かったのですが、これは大和朝廷のあった近畿から見て東の方向にある伊勢に天照大神が祭られていることから、東国の象徴とされたためではないかと思われます。

 このように、日本では古くから寺社参拝を目的とする巡礼が行われています。修験道では、富士山に登ったり出羽三山を巡ったりする聖山信仰、あるいは山岳信仰のようなものもありました。このように自然の中で人々が交わって歩き、そのプロセスを楽しむというのは日本の巡礼の特徴です。

ヨーロッパやイスラムの巡礼――聖地エルサレムとメッカ

 ヨーロッパの場合、ローマやイスラエルを目的地とする巡礼もありました。一方では十字軍として遠征し、聖地エルサレムをイスラムと争うようなこともありました。イスラム教でも、メッカやメディナを目指した巡礼が行われています。これらはいずれも、そこに行けばある境地が得られるという信仰に基づいています。

 イスラム教の巡礼は、メッカにあるカアバ神殿を目的地とします。これは一生に一度は必ず行くことが課せられているといっていいでしょう。アラビア語でハッジといいますが、ハッジはイスラム教の五行の一つで、イスラム各宗派がすべて同じようにカアバに参拝します。イスラム教にはヒジュラ暦というものがあります。これによると12番目の月は巡礼月とされ、この月に巡礼することが奨励されています。これを大巡礼といい、これ以外の月に巡礼することを小巡礼といいます。

 いまでは巡礼の希望者が多すぎて、メッカのあるサウジアラビア政府が特別のビザを発給しているそうです。サウジアラビア政府は礼拝による宗教的興奮が政治的な混乱につながるのを恐れているのです。それほど巡礼は人々の熱狂を呼ぶのです。

巡礼の旅がもたらすカタルシス

 理由はともあれ、長い道筋を巡礼して歩き、目的地に達して、礼拝をするという行為は、人々の共感を呼び起こし、カタルシスを生みます。カタルシスとは旅行の効用といってもいいのですが、日常生活に疲れ、あるいは飽きた人々が歩き出すというのは人間の本性のようなものです。人間は足がある限り歩くものであり、移動するという本性を持っているのです。

 私が日本について考えるとき、いつも思い浮かべる風景があります。それは、人類が発生したのがアフリカだとすれば、そこから極東にある日本にまで長い道のりを歩いて来た人々の姿です。彼ら原日本人は、日本に巡礼してきたと思うのです。彼らが長い巡礼の果てに辿り着いた土地は、非常に自然が美しく、人々を優しく包み育ててくれる場所でした。そういう島国を見て、彼らは非常に安堵したはずです。日本はまさに浄土であったに違いありません。

 巡礼は世界中に起こっていて、そこには常に信仰が付き添います。人間の行為としての純粋さが巡礼に現れているのです。そのことをわれわれはいま一度強く認識する必要があるでしょう。私たちも巡礼に出かけましょう。

(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』(最新刊=9月2日発売)ほか多数。

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