世界文化遺産から読み解く世界史【第33回:“死の王宮”――エル・エスコリアル修道院】

エル・エスコリアル修道院(縮小)

エル・エスコリアル修道院

植民地化で「日の没することなき大帝国」を築いたスペイン

 これからは、「世界のシステム化」――資本主義化、近代化――について述べていきたいと思います。

 16世紀の後半から17世紀にかけては、世界はスペインが覇権を握っていた時代でした。大航海時代に世界に船で繰り出したスペインは、中南米への侵略、植民地化を行いました。日本にもフランシスコ・ザビエルが1549年にやってきました。

 すでに、インカ帝国の終焉をスペイン人ピサロが演出したことを述べましたが(本連載第18回で)、中南米から収奪した金銀が、スペインを通じてヨーロッパに流れ込んだのです。

 これが大航海時代の、世界が制覇されていくプロセスの第一段階でした。それ以後は、スペインにかわってイギリス、オランダが世界を拡大していきました。

栄華の陰りを宿す“死の王宮”

 スペインには、エル・エスコリアル修道院が、マドリードの郊外にあるのですが、ここは1663年にフェリペ2世が建設を命じた修道院兼王宮です。最初は父カルロス1世の霊廟をつくる計画でしたが、1557年のフランス軍との戦いの勝利の聖人を祭る意味でもこの修道院がつくられたのです。

 敬虔なカトリック教徒であったフェリペ2世がつくり上げたエル・エスコリアル修道院は、一方では、植民地主義によって得た富の産物でもあったのです。

 フィリピンの名前がスペイン王となったフェリペ2世の名前に由来することはよく知られていますが、ヨーロッパが、海外からの収奪の上に成り立った、植民地主義の上に成り立っていたということを忘れてはなりません。

 フェリペ2世の治世でスペインはその版図が最大となって、「日の没することなき大帝国」と称えられました。しかし一方では度重なる戦争によって国家財政が破綻していき、無敵艦隊がイギリス海軍に敗れ、栄華を極めた黄金時代に陰りが見え始めました。

 莫大な建設費用は収奪によって賄っていたのですが、それが逆に栄華の陰りとなって、エル・エスコリアル修道院は「死の王宮」と呼ばれるようになりました。

(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』ほか多数。

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