世界妖怪協会が認定する「怪遺産」のひとつ、徳島の「妖怪街道」をゆく

<文/橋本博 『教養としてのMANGA』連載第7回>

アメリカのアニメに日本の妖怪が登場する時代


アカデミー賞2部門にノミネートされた『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』。『コララインとボタンの魔女』を手掛けたスタジオライカが日本の昔話にオマージュを捧げた、ストップモーションアニメの想像を超えた傑作。三味線の音色で折り紙を意のままに操る少年・クボ。幼い頃に父母を殺され、仇を討つ旅に出たクボは、面倒見の良いサルと弓の名手・クワガタに出会う。



 2017年、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』というアメリカのフィギュアストップモーションアニメが話題になった。監督のトラヴィス・ナイトはジブリのアニメ、黒澤明の映画、『子連れ狼』などのコミック、浮世絵師たちの描いた「百鬼夜行図」などに影響を受け、これまでに例を見ないほどクオリティの高い日本リスペクト作品を完成させたと言われている。

 もちろん単なる日本リスペクトだけではなく、『スターウォーズ』『ロード・オブ・ザ・リング』などの映画、北欧神話など西洋の物語も基盤にしているが、映画の舞台をいにしえの日本としたところが画期的だ。

 作品の中には、日本人でさえよく知らない妖怪も登場する。冒頭に登場する火を噴く鳥は四国の妖怪波山(ばさん)がモデルになったとされているが、妖怪好きな私も聞いたことがなかった。江戸時代の浮世絵師が創作したガシャドクロが登場して大暴れするが、製作陣は撮影のために巨大なパペットまで作ったそうだ。

【左】伊予(現在の愛媛県)に伝わる怪鳥「波山(ばさん)」。1841年(天保12年)に刊行された日本の奇談集『絵本百物語』(えほんひゃくものがたり)に登場する。赤々とした鶏冠を持つ鳥で、口から同じく赤々とした炎を吐き出すという。(竹原春泉画『絵本百物語』より)
【右】「がしゃどくろ」は、戦死者や野垂れ死にした者など、埋葬されなかった死者達の骸骨や怨念が集まって巨大な骸骨の姿になったとされる。(境港市水木しげるロードに設置されているがしゃどくろのブロンズ像)


 主人公の名前「クボ」がどこからきたのか諸説あるようだが、私は百鬼夜行図の最後に出てくる空亡(くうぼう)から取ったものではないかとも思っている。ちなみに『妖怪ウオッチ』では最強の妖怪として空亡(こちらの読みは「そらなき」)が登場している。

 この映画は日本の原風景を、動く木版画として浮世絵風に表現して世界各国から高い評価を受けた。この映画をきっかけに日本の「妖怪」は世界の「YOKAI」になったと言えるだろう。そして、外国人が妖怪の出そうな場所を訪ねるというブームのきっかけとなった。

世界妖怪協会が認定する「怪遺産」とは?


 連載第1回で提唱したように、私は妖怪・忍者・漫画、略して「ヨーニンマン」が世界に誇る日本のコンテンツだと考えている。そこで今回は妖怪が今でも出そうな日本の原風景を残すところを訪ねてみた。

 日本人だけでなく外国人もよく訪れる妖怪スポットとして有名なのはやはり東北、山陰、そして四国だろう。

 2018年10月7日、徳島県三好市山城町に行ってきた。ここは世界妖怪協会から2008年に「怪遺産」に認定されたところだ。

 世界妖怪協会とは、妖怪をテーマに執筆活動をする荒俣 宏、京極夏彦、多田克己ら国内の漫画家や小説家らがつくった会で、初代会長は水木しげる。1996(平成8)年に第1回世界妖怪会議が鳥取県境港市で開催された。また、妖怪季刊誌『怪』(角川書店)を発行している。

 この世界妖怪協会が、妖怪文化の普及に貢献した、自然、文化、地域などを対象に認定しているのが「怪遺産」だ。これまで2007年には鳥取県境港市、2008に徳島県三好市、2010年に岩手県遠野市が認定されている。

 鳥取県境港市は言わずと知れた水木さんの出身地で、妖怪の銅像などが立ち並ぶ「水木しげるロード」などの街づくりで知られる。

 2番目に認定された徳島県三好市山城町は、こなきじじいやからす天狗など20種類近くの妖怪伝説が残る。

 京極夏彦氏をして「〝妖怪″のふるさとと言ってよいのかもしれません」(『怪』vol.31)と言わしめる故郷岩手県遠野市は、柳田國男の『遠野物語』刊行百周年に際し、2010年に認定された。

怪遺産登録認定証



 認定に当たっては、世界妖怪会議のメンバーである荒俣宏、京極夏彦らが実際に現地を訪れ、妖怪にまつわる地域の伝承や資料が現時点まできちんと残っているか、妖怪を次世代に残すための地域の活動(祭りなど)が続いているかなどを基準に審査されてきた。

 筆者が今回訪れたのは、今でも妖怪に出会えそうな自然環境が残されていると噂されている吉野川上流の町だ。近くには日本三大秘境といわれる祖谷渓(いやけい)があり、平家落人伝説も残っているまさに秘境中の秘境。吉野川の支流祖谷川には葛で作られた吊り橋で有名な「かずら橋」が架かっており、揺れながら吊り橋を渡っているとお尻のあたりがムズムズしてくる。

 私は小さい頃から、見えない世界に住む何者かを感じることがあった。今で言う心霊スポットに行くと、何か霊気のようなものを感じた。このあたりにもたしかに何かが存在していると感じ、そのせいか思わず鳥肌が立つ場所が何箇所もあった。

道の駅「妖怪屋敷」


 そして今回のお目当の妖怪スポット、道の駅大歩危(おおぼけ)、通称「妖怪屋敷」に辿りつく。これまでいろいろな道の駅を見てきたが、こんなに妖怪一色に塗りつぶされている道の駅は見たことがない。入り口には、不思議な雰囲気を醸し出している木製の妖怪像がズラリ。北アメリカの先住民が作ったトーテムポールのようで、どことなく愛嬌があって手作り感溢れる妖怪たちが出迎えてくれた。

道の駅大歩危(おおぼけ)、通称「妖怪屋敷」


 館内には三好市山城町に伝わるコナキジジイ、エンコ、ハゲ狸など地元の人たちが作り上げた53種類の妖怪が、約70体展示されている。妖怪伝説を紙芝居にしてテレビで流しているコーナーや、妖怪クイズ、妖怪食を楽しめるスポットもあり、妖怪好きにはたまらない。

 連載第2回で紹介した「GeGeGe 水木しげるの妖怪天国」もなかなか見どころ満載の展示だったが、ここの妖怪屋敷はそことは全く違った展示がなされている。

① ここに並べてある妖怪たちは、全て地元の伝承に基づいて作られている。この辺りには約60種類の妖怪がいて、150カ所も妖怪スポットがあり、妖怪話を今でも語り継ぐ人は50人にものぼる。その層の厚さが、展示されている妖怪たちに存在感を与えている。

② 造形のデザイン性は決して高くはない。妙にバランスがおかしいものや色合いが洗練されていないものが多いが、そこがかえって手作り感溢れる妖怪になっている。

③ 地元に住む人たちの妖怪愛が半端ない。子供の頃から妖怪話を聞かされて育ち、火の玉や提灯行列を目の当たりにし、いかにも妖怪がいそうな自然環境の中で暮らしていると、そうなるのだろう。子どもから大人まで一生懸命妖怪屋敷を盛り立てようという熱い思いが伝わってくる。

館内展示の妖怪


妖怪街道をゆく


 妖怪屋敷の近くの藤川谷には妖怪街道がある。妖怪屋敷の入り口で出迎えてくれた木製妖怪像が15体川沿いに並べられている。片道2.5キロの道のり。川は恐ろしい音を立てて渦巻きながら流れ、山肌は深くえぐられ、昼間でも薄暗い。たしかにこの辺りは妖怪が今でも暮らしているといってもおかしくない場所だ。

 最初に出迎えてくれたのは「野鹿池(のかのいけ)の龍神と乙姫」。池に住んでいた悪さばかりする龍が、蛇王大権現として祀られている。次は「歩危(ぼけ)のヤマジチ」。村人を苦しめたバカ力大男のヤマジチと、それを退治した山伏が祀られている神社が近くにある。

 ドロメキ淵と言われる淵は苔がびっしり生えていて、ちょっと油断すると淵に落ち込んでしまいそうな恐ろしいところだ。そこにはカッパによく似たエンコと呼ばれる妖怪が住んでいたと言われていて、不気味なエンコの木造が淵に立てられていた。

 そして妖怪街道最大のハイライトが「児啼爺(こなきじじい)」。民俗学者の柳田國男がこの地方に伝わる伝承とほかの妖怪のイメージをくっつけて『妖怪名彙』という本で発表、それを水木しげるがキャラクターとして作り上げたという妖怪だ。アザミ峠には、作家京極夏彦氏揮毫による「児啼爺発祥の地」の石碑が建てられている。

 こうして15体の妖怪像を見て回ったが、いやはやなんとも妖怪度が高いスポットばかり。歩いているだけでもゾワ〜っとしてくる。これは人が呼べるね。それも外国人。妖怪屋敷では外国語表記のマップも置いてあるのだが、それだけだと内容がよく伝わらなくてもったいない。

 徳島県人の特徴なのか、せっかくのお宝スポットを外部に向かって発信する力がまだ足りないようだ。そのうち国の内外からの関心が高まることが予想されるので、今のうちに対応策をしてほしいところだ。

「児啼爺発祥の地」の石碑


土讃線大歩危駅の妖怪老人たち


 鉄道マニアの憧れの駅、JR土讃(どさん)線大歩危(おおぼけ)駅、この周辺には“妖怪と化した”老人たちが住んでいる。妖怪話、歴史語り、法螺貝吹き体験、山の暮らし体験などを、近所に住む老人たちが1人ずつ受け持っている。こういうところが日本の原風景を維持していく上で不可欠な活動だ。

 駅の前に「妖怪シネマ博物館」という看板があったので、早速入ってみる。妖怪の出そうなスポットの記録映画か妖怪映画を上映するのかと思いきや、昭和30年代のニュース映画や時代劇をフィルムを使って上映していた。

 「このどこが妖怪シネマ?」と思って聞いてみたら、上映を担当しているおじいさんが80半ば、近所の人から「妖怪爺さん」と呼ばれていたので妖怪シネマ、「妖怪死ねば?」とも言われているらしい。

 とにかくみんな元気がいい。水木しげるも半分妖怪と言われながらマンガを最後まで描いていたが、ここの人たちも負けていない。平均年齢85歳、霊気溢れるこの地域で暮らしていると、年をとるのを忘れるらしい。妖怪は健康寿命を伸ばしてくれる力を持っているのだろうか。

妖怪シネマ博物館


 「大歩危駅前集落 体感プログラム 集落をぶらぶら 里山のぼり はにかむ体験」という文字の下に「ふらりと寄ってふらっと楽しむ 一期一会の体験」と書いてあり、六角形のマスの中にその地域の元気なお年寄りたちの紹介がしてある。

ハニカムのように並べられた六角形のマスの中に、地域の元気なお年寄りたちの紹介が書かれている。


 中でも興味深かったのが「はにかむプログラム」1番の「よびごと体験」。山の暮らしでは、大声で叫んで山から山へ伝言を伝える時に「よびごと」を使ってきたそうだ。つい最近までその風習は残っていたそうで、実際に体験させてくれるプログラムがあるとか。山に登る時間がなかったので体験はお預けだが、地元の人に詳しく聞いてみた。

 よびごとのほかに地域が自慢できるのは、数多くの神社とそれにまつわる伝承話。妖怪街道のある山城地区では、地元に伝承されている妖怪話がどんどん発掘されて「怪遺産」に認定されたが、大歩危駅のある祖谷地区での伝承話の調査はこれからとのことだ。

 「加羅宇多姫伝説」などは、最近になって注目され始めた伝承話だ。この地域はタイムカプセルのようなところで、古いものや言い伝えがそっくり残っている。これまであまりに秘境すぎて時代の変化に対応してこられなかった。それだけにこれからが楽しみなところだ。特に外国人にとってはものすごく魅力的なオーラが漂っているように感じた。

 体験プログラム2番の「徳善屋敷周辺散策」、4番の「集落でばあやんとほっこりおしゃべり」、9番のホラ貝吹き体験」も面白そうだったが、今回は涙をのんで断念した。

三好一族を陰で支えた忍者集団


 いろいろ話を聞いているうちにさらに驚くべき情報が老人たちから寄せられた。老人会のメンバーの中の郷土史家によると、大歩危周辺には忍者の里があったというのだ。かつてこの地方を領有していたのは阿波国国司を祖とする三好一族、その中で最も力があったのが、三好長慶(ながよし)だ。四国では永慶を主人公とした大河ドラマを作成してほしいと、NHKに対して署名活動が盛んに行われている。

 その三好長慶を陰で支えていた木地師(きじし)集団がいて、諜報、調略、暗殺を生業としていたとの記録が残っているそうだ。史実を基に小説もかかれ『祖谷衆 轟弾正』という作品を紹介してもらった。

下川清著『祖谷衆 轟弾正 第1巻 刀狩り』


 シリーズの第一巻を借りて読んでみたらこれがなかなか面白い。暗殺集団を育てるためにお互いが殺し合いをさせて、生き残ったものが刺客に選ばれるという設定は、『あずみ』(小山ゆう作)にもあった。


 妖怪を訪ねてきたら忍者やマンガに出会った。やはりヨーニンマンはどこかでつながっているなということを強く感じた徳島探訪だった。これからは外国人に席巻される前に、残り二つの「怪遺産」も訪ねてみようと思っている。

【橋本博(はしもと・ひろし)】
NPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクト代表
昭和23(1948)年熊本生まれ。熊本大学卒業後、県庁職員などを経て、大手予備校講師。昭和62年絶版漫画専門店「キララ文庫」を開業(~平成27年)、人気漫画『金魚屋古書店』(芳崎せいむ、1~16巻、小学館)のモデルとなる。平成23年、文化遺産としてのマンガの保存・活用や、マンガの力による熊本の活性化を目指すNPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクトを立ち上げる。平成29年、30年以上にわたり収集した本を所蔵した「合志マンガミュージアム」を開館。崇城大学芸術学部マンガ表現コースの非常勤講師も務める。

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