世界文化遺産から読み解く世界史【第52回:永遠の謎!?――メンフィスのピラミッド地帯】

スフィンクスとピラミッド(縮小)

スフィンクスとピラミッド

ピラミッドは文化遺産の原点

 ピラミッドはある意味で人間の文化遺産の常に原点となっています。その二等辺三角形の見事な造形が、人間は食べること、寝ること、そして生産することといった物質的なことにしか関わっていないというマルクス主義的な考え方や唯物論的な考え方を根底から否定しているという意味で、文化的創造物といっていいと思われるからです。二十世紀の歴史家たちはこれを墓とばかり考えましたが、そうではないことがわかったのです。いったい何のためにつくられたのか、いまだにわかっていません。しかし、ピラミッドを解釈し理解することほど人間を理解する上で重要なきっかけを与えるものはないのです。    それはなぜか。スフィンクスは、顔を見れば獅子と人間の中間的な存在としてなんらかの意味があると感じられるのですが、ピラミッドは完全に幾何学的な造形物ですから、いまだに誰もどういう目的でつくられたのか、はっきりしたことがいえないからです。そういうものが118基もつくられているという意味合いが私たちにとって非常に重要になってくるのです。  現地に行くとよくわかりますが、そこは、平らな土地の中にナイル川と砂漠だけがあるのです。そのため、よく洪水が起こります。なぜピラミッドができたかと考える上で、こういう地理的な条件が非常に重要なのです。それを考えれば、ピラミッドの謎は簡単に解けます。つまり、古代エジプト人は平らな場所に山をつくりたかったのではないか、ということです。

ピラミッドと大和三山

 私はそれを奈良の大和三山を見ていつも感じます。日本にはピラミッドをつくらなくても山があります。この大和三山、天香久山と耳成山と畝傍山はいずれも二等辺三角形をしています。高さもほとんどピラミッドと同程度です。クフ王のピラミッドは147メートルと非常に高いのですが、天香久山は152メートル、耳成山は139メートル、畝傍山は199メートルと、ほとんど同じ高さです。  そして、この大和三山に囲まれた飛鳥という土地が日本の最初の首都であったことは非常に示唆的です。つまり、ピラミッドと同じような二等辺三角形をした山がある。特に天香久山は天という字がついているように、『万葉集』の中で天から降下してきた山という伝承を持っています。  そこで考えられるのは、エジプトのピラミッドも、天あるいは神に向かう高い塔のようなものを求めて建造されたのではないかということです。ギリシアの歴史家ヘロドトスは「エジプトはナイルの賜物」といっています。ナイル川は全長6825キロメートルの世界最長の川ですが、ほぼその四分の一に当たる部分がデルタ地帯で、毎年同じ季節に氾濫が起きて大きな被害が出ます。一帯は天然の穀倉地帯になってはいますが、そこに一つの大きなモニュメントを現出させて、人々が生きる〝よすが〟つまり精神的な基礎としたのではないでしょうか。 (出典=田中英道・著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社)  田中英道(たなか・ひでみち)  昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、美術史学科卒。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。また日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会の代表を務める。著書に『日本美術全史』(講談社)、『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『日本の文化 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『世界文化遺産から読み解く世界史』『日本の宗教 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史――世界最古の国の新しい物語』(いずれも育鵬社刊)
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