世界文化遺産から読み解く世界史【第71回:世界一の迷路都市――フェズ】

フェズ旧市街(縮小)

世界一の迷路都市、フェズ旧市街

イスラム共同体がもたらす一体感と対立

 北アフリカのモロッコ南西部に、マラケシュという町があります。これは11世紀初め、先住民であるベルベル人の興したムラービト朝が、アトラス山脈の麓に築いた町です。1070年のことでした。  旧市街の中心にはジャマ・エル・フナという名前の広場があります。アラビア語で「死人の集会場」を意味します。それはその広場がかつては死刑場だったことによります。ここは朝からお祭りをやっています。数多くの露店が立ち並び、午後には大道芸人が現れてその芸を披露し、夕方には屋台が出ます。そのように、町は「祭り」とともにあるのです。共同体的な興奮によって、個人を忘れようとするような、そういう精神が見えます。  モロッコには、世界一の迷路都市とよばれるフェズという町もあります。無秩序に狭い道路が走っていて、建物もひしめき合っています。これは外敵の侵入を防ぐことが目的だったのですが、その共同体の中の人々ならばお互いにわかっているという前提でつくられたわけです。  このようなお祭りとか迷路というのは、独特なイスラム文化の様相を示す一端なのですが、共同体の中での一体感が、特にマラケシュとフェズというモロッコの町に共通して見られるのです。                         こういう文化がどういうことを意味しているのかというと、そこに個人の重要性が浮かび上がらないように、集団としてでなければ動かないというようなところがあるのです。今日でも、アラブ諸国の動きが私たちには不可解に思えるというのもその点なのです。    要するに、個人よりも、常にイスラム共同体が優先してしまうのです。これはいうなればイスラム原理主義です。原理主義とは何かといえば、共同体がどう動くのか、どうしなくてはならないかということのみが重んじられて、個人のあり方は二次的なものになるのです。  いま、近代主義、あるいはヨーロッパの影響によって、個人を尊重しようとする若い世代が出てきて、そのことが、さまざまな対立を生んでいる一つの原因だろうと思うのですが、そうした闘争の根は、イスラム教そのものの性格の中にあるわけです。  パレスチナ人とユダヤ人の戦いが続いているのは、イスラム教もユダヤ教も共同宗教であるというところに問題があるのです。共同体と共同体が対立せざるを得ないのです。  ユダヤ教もイスラム教も一神教ですが、これは元来、同じ宗教から出たのであって、イスラム教がユダヤ教と同質のものであることは明らかなのです。しかし、この一神教というところで、ヤーヴェとアッラーの違いによって、ぶつからざるを得ないのです。 (出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)ほか多数。
日本が世界で輝く時代

世界各国が混迷を深める中、今キラリと輝いているのは、日本の長い歴史と文化である。“いぶし銀"のような実力と価値。新時代のグローバル・スタンダードとしての日本的価値を縦横に論じる。

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