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僧侶から騎士へ。握力ゼロの右手で剣を握る、車いすフェンシング藤田道宣

「アンガルドプレ? アレ!」(構えて用意はじめ)。号令がかかれば、一瞬で勝敗が決する「車いすフェンシング」。平安高校時代にフェンシングを始めた藤田道宣(日本オラクル)、北京五輪の銀メダルリスト太田雄貴は一つ上の先輩だ。騎士同士の約束を果たすため、カテゴリーを上げてまで、パラリンピックで日本勢悲願のメダル獲得に挑む。
藤田道宣

藤田道宣氏

ずっと次は僕の番という気持ちがあった

――これまでフェンシングのメダルは、’08年北京オリンピックでの太田雄貴前フェンシング協会会長の銀メダルのみでした。それが東京五輪で団体男子エペが史上初の金メダルを獲得し、いまフェンシングに脚光が集まっています。 藤田「太田先輩は平安高校(現・龍谷大学付属平安高校)の1学年上の先輩です。’06年、大学2年生のとき、僕は海で事故にあって、「もう仲間と一緒にフェンシングができなくなる」とふさぎ込んでいるときに、太田先輩が見舞いに来てくれました。『俺は五輪でメダルを獲るから、お前はパラリンピックでメダルを獲れ』と言ってもらえたのが、車いすフェンシングを始めるきっかけです。それから2年後、本当に太田先輩はメダルを獲った。ずっと次は僕の番という気持ちがありました」 ――事故の前、藤田選手は全日本選手権ベスト16入りを果たしています。経験者として、車いすフェンシングへの移行もスムーズではなかったのでしょうか。 藤田「車いすフェンシングは、腕を伸ばせば剣の届く至近距離で、「ピスト」という装置で固定した競技用車いすに座って戦います。だから勝敗は0.1秒でつくときもある。それまで僕は“時間いっぱい使ってゆっくり戦略を立てていく”タイプでしたから、一瞬で攻守の切り替えをしなければならない状況には、かなり苦戦しました。もちろん経験者だったので、駆け引きなど、相手の心理を読むことで、格上の選手にも対抗できる利点はあります」

握力ゼロの右手で剣を握る

藤田道宣 パラリンピックは体幹の安定具合でカテゴリーA・Bに分かれている。腕に障害の残る藤田選手はカテゴリーCに分類されるが、パラリンピックでは実施されない。太田先輩との約束を果たすため、大きなハンディを背負いカテゴリーBに挑戦する。 ――フィジカル面の差を埋めるために、どのような工夫をされているのでしょうか。 藤田「僕は、下半身は麻痺して動かず、利き手の右手の握力はゼロ。そのため、対戦相手によっては、一般的な剣に比べて2㎝ほど短い剣を選ぶこともあります。小学生が使用する剣です。リーチが短いため不利になりますが、その分“剣さばき”のスピードが上がる。その剣を右手にぐるぐるとテープで固定し、“使える”状態にします。さらに対戦相手の動画を何度も見返し、試合のプランニングを徹底的に分析することで、ようやく欧米の選手とも渡り合えるようになってきました」 ――’18年にはワールドカップカナダ大会で3位、ジャカルタアジアパラ競技大会では銀メダル。そしてケガから15年を経て、ついに東京パラリンピック初出場をつかみました。 藤田「ひとりでヨーロッパの大会に出ていっても、1回戦で負けて帰ってくることはザラでした。正直、何度も挫折しそうになった。その都度に健常者時代のフェンシング仲間が励ましてくれて、ようやく世界で勝てるようになりました。僕が出場する「フルーレ」は攻守が激しく入れ替わるのが特徴です。相手の剣を叩く、払うなど攻撃を阻止すると「攻撃権」が回ってくる。構え中に「こういう技を出すぞ」と“フリ”を仕掛ける時間は、いつ攻撃するのかとハラハラするのではないでしょうか。マスク越しの視線や表情などの駆け引きにも注目してみてください」
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「臨床宗教師」として被災地に赴く活動も
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