更新日:2021年08月13日 15:27
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パラ開会式当日も見られるブルーインパルスが抱える苦悩/自衛隊の“敵” 第5回 小笠原理恵

―[自衛隊の“敵”]―
ブルーインパルス

航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」。東京五輪開会式の直前に東京上空を飛行したときは、多くの東京都民が空を見上げその雄姿を目に焼き付けた

57年ぶりに東京上空で魅せたブルーインパルスの展示飛行

 東京オリンピック2020の開会日、ブルーインパルスが美しいアクロバット飛行を演じ、東京の空に5色のスモークで五輪のシンボルマークを描いてくれました。ブルーインパルスが東京の空を飛ぶのは1964年の東京五輪以来、57年ぶりです。コロナ禍の閉塞感を吹き飛ばすような展示飛行に、多くの人が大空を見上げ、「キレイ!見えたっ!」とそこかしこから歓喜の声が上がりました。ブルーインパルスのあの五輪演目ではパイロットは所定のポイントについたら号令がかかります。「スモーク・ナウ」という号令で始まる神業です。雲や気流のあるなか、美しい絵を大空に描くブルーインパルスは熱い感動を与えてくれました。8月24日のパラリンピックの開会式にも飛行予定があるそうです。晴天になればいいですね。 ブルーインパルス しかし、そんな自衛隊パイロットや志望者を悩ませる問題が提起されています。  7月19日、時事ドットコムに「パイロットに育成費返還義務 自衛官の早期退職防止―防衛省検討」という記事が掲載されました。記事によると、防衛省は早期に退職した自衛隊のパイロットに対し、教育・訓練に要した費用の返還を義務付ける「償還金」制度の導入を検討中とのこと。「育成費用返還なんてセコイこというんじゃねぇよ!」って思ったので、「これ、本当ですか?」と防衛省に直接問い合わせたのですが、どうやら話が少し違っていたみたいです。回答はこうでした。 「パイロットの中途退職者増加は確かに問題視しており、実態の把握を始める段階ですが、記事中にあるように教育育成費用の返還義務、『償還金制度』は内局としては現時点で検討していません」  ホッとしました。

飛べなくなったから……途中退職を決断する自衛隊パイロット

 そもそも、自衛隊パイロットは危険を伴う職種です。民間航空機と違い、自衛隊パイロットは救難のために悪天候でも飛ばなければなりません。また、領空侵犯の恐れがある侵入機に対する緊急発進(スクランブル発進)もあります。スクランブル発進は攻撃される可能性もあるため死と隣り合わせの任務ですが、令和2年度だけで実に725回、ほぼ1日に2回ペースで出動していました。日本の空は常に危険な状態であり、24時間体制で日本の空を監視するパイロットには想像を絶する負荷がかかります。そうした背景から、事故や病気や精神的なストレスから飛べなくなる人も多く、自衛隊パイロットのなかには「飛べなくなったから」という理由で途中退職する隊員が後を絶ちません。  たとえば、育成費返還のようなペナルティ制度ができれば、自衛隊パイロットは身体的リスクの高いフライトを避けるしかありません。怪我をせず、精神的なストレスのないフライトだけなら途中退職者は減るでしょう。ですが、それでは国は守れません。難しい任務にも立ち向かう自衛隊パイロットを切り捨てる国にならないでほしい。  自衛隊パイロットになるためには並外れた動態視力や空間認識、重力に耐えられる身体バランスが必要です。そういった特別な能力がある稀有な人材だけがパイロット候補としてスタートラインに立ち、そのうちのわずかひと握りが戦闘機パイロット(ファイターパイロット)として認められます。そんなひと握りの素質を持つ人がリスクの高い自衛隊のパイロットに応募してくれたことを感謝したいものです。代わりの人材はそう簡単には見つかりません。今いる自衛隊パイロットを大切に育て、彼らのやる気を削がないよう長い目でサポートするやり方のほうが正しいのではないでしょうか。
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自衛隊パイロットが途中退職する真の理由は何か?
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おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot


自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う

日本の安全保障を担う自衛隊員が、理不尽な環境で日々の激務に耐え忍んでいる……


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