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衣服標本家・長谷川彰良が100年前の衣服を分解する理由

 美術館や博物館で展示されていてもおかしくない100年以上前の一点もの。そんな希少な衣服をバラバラに分解しているのが“衣服標本家”こと長谷川彰良だ。2016年に初めて開催した個展「半・分解展」は、30分待ちの入場制限がかかる日もあるほどの人気で、2週間で延べ1400人超を集客してアパレル業界を驚かせた。多くの洋服マニアを熱狂させた同展はこれまでに計8回開催され、ファンを増やし続けている。 長谷川彰良 その展示の傍ら、東京大学、文化服装学院などの教育機関で、100年以上前の衣服を教材にワークショップ形式の特別講義も行っている。今、アパレル業界以外でも注目を集める“アーティスト”長谷川の素顔に迫った。

小学生の時に初めて洋服を解体した

――長谷川さんは服飾の専門学校を卒業した後、アパレル企業で5年ほどモデリストとして働いていたそうですね。まず、衣服標本家を名乗るようになった経緯を教えてください。 長谷川:バラバラにすれば洋服の作り方がわかると思い、小学校5、6年生の頃に初めて洋服を解体しました。裁断したのは、祖母が若かりし頃に着ていた一張羅で、クローゼットに大切に保管していた紫のカシミヤのダブルジャケットです。無断でバラしたので、洋服の残骸を前にした祖母の目が点になっていたのを今でも覚えています。 ――それが原体験となって、分解への興味が強くなっていったんですね。 長谷川:そうかもしれません。実はもうひとつきっかけがあって、高校を卒業した後、服飾の専門学校で紳士服のパターンとデザインを学んでいたんですが、ある日、たまたま立ち寄った高円寺の古着屋で一着の古着と出合ったんです。 それは、およそ120年前のフランスで消防士が制服として着ていたファイヤーマンジャケット。小さな店内の壁にかけられていたその一着は、独特な存在感があって、とても美しかった。僕は目が離せませんでした。当時の僕からしたら3万円は高額でしたが、その美しさの謎が知りたくて、思い切って買うことにしたんです。 ――消防士の制服の美しさの正体とは、一体何だったのでしょう。 長谷川:それが、自宅に戻って実際に羽織っても、じっくり眺めても、最初はよくわかりませんでした。ゴワゴワした素材だし、シルエットも歪だし、惹かれた理由が見つからなくて、もどかしかった。それで買った日の夜に、ハサミを入れて分解してみたんです。

涙を流すほど感動した体験

――その日にバラバラにした!? 長谷川:はい(笑)。内部を開いていくと、すべて手縫い。しかも、当時専門学校で学んでいたフランスのオーダーメイドのテーラーリング技術、つまり、現代の最高峰の技術が、富裕層が仕立てる高級注文服ではない、“ただの労働着”に使われていたんです。僕が古着屋で最初に感じた美しさは、見た目ではなく、内部構造に秘密があったんです。感動のあまり、自然と涙が溢れてきました。 ――ここが人生のターニングポイントになっているんですね。 長谷川:そうなりますね。専門学校を出て、アパレル企業で働きながら、ヴィンテージ古着の分解を続け、ブログで情報を発信していたんです。それで、スーツ誕生350周年という節目に独立し、同じ年に「半・分解展」を開催しました。僕が、涙を流すほど感動したあの体験を伝えたい。この気持ちは、今もずっと変わっていません。 ――ところで、分解する衣服はいつの時代の、どの国のものが多いのでしょうか。 長谷川:18世紀末のフランス革命前後から20世紀初頭の第一次世界大戦頃が中心です。今は貴族の服に興味があるし、当時使われていた最高峰のテーラーリングの技術が見られるので、どうしてもフランスものに惹かれやすいです。次に多いのは、イギリスとアメリカもの。国や時代も重要ですが、それより大切なのは、ひと目見て「構造が知りたい」と思えるかどうか。買うか買わないかの基準は、これしかありません。洋服の状態の良しあしはまったく気にならない。どうせ分解しちゃうので。
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分解したい服は100年以上前の一点ものばかり
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表紙の人/日向坂46

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