更新日:2026年08月19日 20:00
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たい焼きが食べたいだけなのに、気づけば私は居酒屋の暖簾をくぐっていた…その理由/カツセマサヒコ

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、下高井戸の居酒屋「たつみ 本店」。名画座に通う著者が、この街に“もう一つの居場所”を求めて見つけたのは、居酒屋で食べる名物のたい焼きだった。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

映画のほかにもう一つだけ【下高井戸駅・たつみ 本店(居酒屋)】vol.44

 世田谷区にある下高井戸駅近くには「下高井戸シネマ」というそれはそれは素晴らしい映画館があって、都内での上映がほとんど終わってしまった作品もこの映画館だけは最後の希望のようにスクリーンに残してくれていることがあるから、私はそれを理由に年に何度も足を運ぶ。とても大切な場所である。  しかし寂しく思うのが、わざわざ自宅から3度も電車を乗り換えて訪れた街なのに、映画が終わってしまえば特に用がなくなってしまうことだった。京王線の下高井戸駅は世田谷線と接続しているものの、街としてはそれほど大きなイメージもないし、たとえば下北沢みたいに「古着の街!」「演劇の街!」「ライブハウスの街!」と強く主張してくるような個性も知らない。しっとりと穏やかで、昔ながらの商店街を持つ住宅街。それが下高井戸のイメージであって、わざわざ時間をかけて散策する気にもなれず、結果、映画が終われば真っすぐに駅に向かってしまうのだった。  映画のためだけに訪れる街、と言えばいくらか文化的な薫りもするものだけれど、せめてあと1か所くらい、下高井戸という街に降りる理由が欲しい。そんな我が儘を口にせずとも胸の内に秘めていたある日、好奇心をくすぐられる情報を耳にした。 「たい焼きなら、下高井戸のたつみやが一番だよね」  あの、何もないと思っていた下高井戸に、美味しいたい焼き屋がある……?

1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」