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『孤独のグルメ』原作者が40年通った老舗居酒屋の“差し入れ焼きそば”に絶句したワケ…「今、これより嬉しい差し入れがあるだろうか」/久住昌之

『孤独のグルメ』原作者で、弁当大好きな久住昌之が「人生最後に食べたい弁当」を追い求めるグルメエッセイ。今回『孤独のファイナル弁当』として取り上げるのは「闇太郎の焼きそば弁当」。果たして、お味はいかに?
孤独のファイナル弁当

マスターの差し入れ焼きそば弁当

孤独のファイナル弁当 vol.36「マスターの差し入れ焼きそば弁当」

 先日仕事場の近くで小さな個展をやったのだが、そこに吉祥寺の老舗居酒屋「闇太郎」のマスターが見に来てくれた。  そして「これ、差し入れ」と言ってお弁当のようなものをくれた。お客さんがたくさん来ていたので少ししか話せず、それを開く暇もなかった。  その日の展示が終わり、いただき物を整理して、最後に弁当の包みを開いたら、焼きそばだったので「わっ」と声が出た。  これは闇太郎の焼きそばだ。  今、これより嬉しい差し入れがあるだろうか。  闇太郎は、今年54周年を迎えたところで、惜しまれつつ店を閉じるのだ。  ボクは20代の半ばに初めて行ったから、通算40年ぐらい通っている。  初めて行った時は友達に連れていってもらった。まずは店名にビビった。真っ赤な大提灯に「闇太郎」とぶっとく書いてある。  なんだかわからないけど、怖い。闇って……。  格子にすりガラスの引き戸で、店内が全く見えない。でもその曇ったガラス越しに人がちょっと動くのがわかる。 「こーれは一人じゃ絶対入れねえな!」  とボクは見て笑った。で、友達に続いて入ると、L字カウンターだけの小さな店で、鉢巻きをして作務衣を着た中年の主人が、  落ち着いた声で、 「いらっしゃい」  と言った。怖くはなく、ビールを飲んでおでんを食べた。  それから7~8年行かなくて、吉祥寺に仕事場を持ってから、通うようになった。  40代ごろの一番忙しい時は、毎晩のように深夜1時か2時に行った。そこで一人メモ帳を出してスケジュールの確認と立て直しをして、マスターとちょっと話して酒を飲む時が、一日で一番ホッとした。  小腹が空いていれば通年あるおでんを食べた。たらこを炙ったのや、イカの刺し身、鯵の塩焼きをよく頼んだな。  そして夕飯を食べ損なっていたら、焼きそばを食べた。早い時間に何人かで来た時は、飲んだ締めにみんなで分け合うこともあった。誰もがおいしいと言った。  マスターが目の前の鉄板で作る。それが作られる過程を見ているのも楽しい。具は豚肉とキャベツともやし。味付けにはソースも醤油も入っている。  他にも鉄板で焼く料理はいくつかあった。ボクは「豆腐焼き」が好きだったな。  だけど闇太郎も40周年を超えると、営業時間が徐々に短くなった。昔は客がいれば夜中の3時4時までやっていた。  マスターもできるだけ長く店を存続するため、無理せずそうしたのだ。鉄板料理もなくなった。それでも通った。  そんなわけで、ボクが闇太郎の焼きそばを食べるのは10年ぶりくらいなのだ。食べて感動。舌が覚えている。闇太郎での記憶が溢れてくる。  マスター85歳。本当にお疲れさまでした。
孤独のファイナル弁当

間もなく閉店の日を迎える吉祥寺の老舗居酒屋「闇太郎」。マスターが作る豚肉とキャベツともやしの焼きそばは、味とともに懐かしい記憶を呼び起こす


1958年、東京都出身。漫画家・音楽家。代表作に『孤独のグルメ』(作画・谷口ジロー)、『花のズボラ飯』(作画・水沢悦子)など。Xアカウント:@qusumi
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