【ひろゆきの兵法 第3巻】自分を犠牲にしてまで「親の面倒」は見なくていい、と断言できるわけ
就職氷河期世代は人生後半戦をどう生き抜くべきか? 同世代のひろゆき氏が壮大なテーマに挑む。
第3回目のアドバイスは「自己犠牲を払ってまで親の面倒を見ることは『負の連鎖』に繋がる」。
その真意とは?
氷河期世代が抱える悩みの一つに、「親の面倒を見る」というのがあります。
現役で働きながらの介護はしんどいし、年金だけでは暮らせないからと親に仕送りをするパターンもあると思います。世の中的には、親の面倒を子どもが見るのは当たり前だという風潮もあります。ただ、個人的には無理をして親の面倒を見る必要はないと考えています。
民法第877条第1項には「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」とありますが、この「生活扶助義務」は、子どもである扶養義務者の生活が通常どおり送れたうえで、余力の範囲で親を扶養することを指します。つまり、仕事を休んだり生活を切り詰めてまで扶養する必要はないのですね。
そもそも日本の労働者は親世代の面倒を見なくてもいいよう、社会保険料や介護保険料を支払っています。つまり、本来、高齢者の介護は行政の役割です。
心情的に親を放置するのはどうなのか?と感じる人もいると思います。でも、自分が介護される立場になったとき、子どもが介護で苦労をするのはいいことではないと思うのですね。ヤングケアラー問題も同じですが、本来、行政がやるべきことを家族が担うことで、家族思いの優しい人たちの人生の時間が無駄になり、結果として貧困の連鎖に繋がったりもします。
もちろん、親の面倒を見ても負担にならない、もしくは自らの意思で親の面倒を見たいなら、やればいいと思いますが、生活を犠牲にしてやると負の連鎖が続いてしまうのです。
我々、氷河期世代は、親の介護と仕事という「二足のわらじ」を履く余裕はありません。なので、自分が楽しく暮らすことで親に感謝して天国に行ってもらうことが、次善策ではないかなと思うのです。
そう考えているので、僕は前々から「介護しない」と親に宣言しています。ただ、介護の真っただ中に急に介護をやめると、「冷たくなった」とか言われ、関係が悪化する可能性もあります。
人は慣れる生き物なので、介護されることが当たり前になると介護されないことをネガティブに感じます。それが高齢者で認知症が始まっていれば、なおさらで、罵倒されて嫌われる可能性すらあります。その結果、親を憎むことにでもなれば本末転倒。そんなことになるなら、自己犠牲を払ってまで介護をしないほうがいいのです。
なので、既に介護中の人はできる範囲で介護とは違う部分で、親の面倒を見るように変えていくのがいいと思います。例えば、介護福祉士の人たちにできないような、たまの休みにおいしいものを買っていったり、休みに旅行に連れていったりというイベント的なことをする。そのほうが親にとっても子どもにとっても幸せだと思うのです。
もちろん、これがすべての人に当てはまるとは思いませんが、少なくとも自分を犠牲にし、苦しんでまで親の面倒を見るくらいなら、行政に頼ったほうが、親子にとっても世の中にとっても良い結果に繋がると思うのですよ。
構成/杉原光徳(ミドルマン)
西村博之(にしむらひろゆき)1976年、神奈川県生まれ。東京都・赤羽に移り住み、中央大学に進学後、在学中に米国・アーカンソー州に留学。1999年に開設した「2ちゃんねる」、2005年に就任した「ニコニコ動画」の元管理人。現在は英語圏最大の掲示板サイト「4chan」の管理人を務め、フランスに在住。たまに日本にいる。週刊SPA!で10年以上連載を担当。新刊『賢い人が自然とやっている ズルい言いまわし』

ひろゆき
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