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「ヒールっていうのは、私にとって自由な存在」アイドルを目指す少女から“令和の極悪女王”へ…上谷沙弥の素顔に迫る

「私、本当はネガティブなんです」取材中、上谷は何度もそう呟いた。そんな彼女がなぜ「令和の極悪女王」と呼ばれるまでに成長したのか? 意外と波瀾万丈!? 新時代のヒール、上谷沙弥が歩んできた道のりとは──
エッジな人々

上谷沙弥

 卓越した身体能力で、業界最大の女子プロレス団体・スターダムのトップへと上り詰めた上谷沙弥。かつては(※1)バイトAKBにも所属していた彼女だが、今では悪役レスラーとしてプロレス界で最も注目されている選手の一人となった。一方、リングの外で見せる等身大の姿も話題となり、多くのファン(通称、しもべ)を従える。そんな「令和の極悪女王」の素顔とは?

令和の極悪女王、降臨!

──リングの外では「実はいい人」説もありますが、普段はどんな性格だと言われますか? 上谷:おっとりして、ちょっと天然で優しいとか言われるけど……ってそんなことあるわけねーだろ! ──すみません! でも、昔は引っ込み思案だったそうですね。 上谷:そうだね、小学校の頃は授業でも絶対手を挙げられないような子どもだった。それで小学校3年生のときに、母親が心配して、ダンススクールの体験レッスンに連れていってくれたんだ。最初は人前で踊るのが恥ずかしかったけど、どんどん上を目指したくなって、世界大会で2位になったこともある。

アイドルのオーディションには、100回以上落ちた

──そこからアイドルを目指すようになったのは? 上谷:高校時代、EXILEグループのライブでバックダンサーをしたことで「自分もステージの中心でスポットライトを浴びたい」と思うようになった。当時はAKB48が大流行していたのを見て憧れて「よしアイドルだ!」と。ありがたいことにバイトAKBに合格したんだけど、’15年に解散してしまった。それでも夢を諦められなくて、大学進学もせずにオーディションを受けまくり、100回以上は落ちた。地下アイドルの面接も受けたよ。面接官には視線すら合わせてもらえなかったこともあった……。あの頃の自己肯定感はどん底だったね。
1990年生まれ。編集プロダクション「HEW」所属のライター。アイドル、プロレス、BL、銭湯サウナが好き。Twitter:@ichibo_h