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『まだおじさんじゃない』現代中年 惑いまくり小説【第八章・第四話 堅山賢一編】「ふりだしに戻る」/鳥トマト

出版社・有幻社で働く堅山賢一はプロデューサーとして、漫画編集者・若林信二の担当コミック『私の理解あるカレ君』のアニメ化を進めている。上司が仕事を放り投げて異動したため激務を強いられ、家庭もうまく回らず、さらに後輩の山野と肉体関係を持ってしまい…… 「僕も五十歳になったときに、部長のような力を維持できているだろうか」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第八章(堅山賢一編)・第四話「ふりだしに戻る」

 イベントの後、土曜の夜に真中先生と山野としこたま酒を飲み、日曜の朝方に自宅の前に立ってメールを返していた。今日は息子の健吾の習い事も何もない。だから家に入ったら、また妻と会話をしなくてはならない。怒られるから、家で仕事はできないだろう。憂鬱だ。玄関ドアの前に立ってメールを打っている俺を、犬の散歩をしている近所のおじいさんが不審な顔で見ている。思わず会釈を返す。この辺りは町内会がまだ強くて近所付き合いもしっかりあるから、ご近所さんの顔と名前が一致していて面倒だ。俺はメールの文面を考えながら、家の前で粗相をした犬の糞を拾い上げるおじいさんを見ていた。  なんであのおじいさんは紫色のシワシワのベストなんか着ているのだろう。服を選べばもう少し若く見えるのに。白髪も、あんなに生やしっぱなしにせず、美容院に行って染めればもう少し健康的に見えるだろう。ふと、おじいさんはそんなに歳でもないのではないかという気がしてきた。小綺麗なジャケットでも着て背筋を伸ばして髪を黒くすれば、まだ「おじさん」と呼んで差し支えない見た目に仕上がる気がする。おじいさんになるか、おじさんでいるかは本人の意思である程度コントロールできるのではないかと俺はふと思った。犬がおじいさんの周りを元気いっぱいにぴょんぴょんと跳び回っている。まるで犬がおじさんの精気を吸っているようだった。あの犬がいなければ、もしかしたらおじいさんはおじさんに戻れるのかもしれない。おじいさんと再度目が合い、俺は慌ててスマホに目を戻す。まあ、他人が何を重要視して、どう生きようが、その人の自由だ。家に帰りたくなくて、自分が現実逃避をしていることはわかっている。  一通りメールを返し終わり、ため息をついて鍵を回し、ドアを開けると床がひんやりとしていた。土曜の朝は妻と子供を起こさないように静かに家を出たわけだが、そのとき以上に静かだ。  玄関の靴箱の前に、いつも置いてある旅行用の大きなトランクがなかった。優の靴もない。おそるおそる二階に上がるとリビングの雨戸が閉まったままだった。テーブルの上にメモ書きがある。 「しばらく帰りません。健吾は私の両親に見てもらいます。優」  特に何の感慨も湧かなかった。ああ、やっぱりそうなったんだ、もう優とあの地獄みたいな会話をしなくていいんだ、とむしろ安堵した。誕生日パーティで「パパ、あっち行って」と自分の太ももを押す息子の小さな手を思い出した。あんなに小さいのに、嫌いという気持ちがしっかりと手のひらに乗っていて、迫力があった。そこまでして、一緒にいる義理はない。向こうにとってもその方がいいんだろう。  久しぶりの「自分だけの家だ」と思った。妻と子供がいる家は、常に誰かに監視されているようで、正直に言うと息苦しかった。やっと解放された。それが偽らざる感情だった。自分は育児に向いていない人間だったのかもしれない。本来なら家庭を維持するために、あたかも心から申し訳ないようなふりをして、妻の実家に行き、泣きながら頭を下げるのが筋なんだろう。頭では自分がどうするべきかがわかった。優も暗にそれを期待しているであろうこともわかった。でも、もう、気持ちがない。そこまでして家庭を維持するモチベーションがない。優のことも、健吾のことも、そこまでして一緒にいるのは、もはやコスパが悪いというのが正直な感想だった。  がらんどうのリビングのソファに座って、不動産情報を調べ始めた。この家はローンで買っているが、そもそも子供がいないならこんなに広い家に住む必要はない。離婚するなら養育費も支払わなくてはならないだろう。スーモで検索して、今自分が住んでいる家の評価額を調べる。自分たちがローンを組んだ五年前よりも不動産価格が上がっていることに気がついた。これなら家を買い替えられるかもしれない。  昨晩、夜通し飲んだ疲れがドッと出てきて、眩暈(めまい)がして思わず目を閉じる。ソファの背もたれに首を預けながら、これからの人生のことを考える。これからの人生? もう俺の人生って終わったようなものなんじゃないか? 結婚もしたし、遺伝子も残せたし、もうこれ以上何もいらないのでは?  真中先生と山野がしきりに話していたことを思い出す。自分の作ったアニメが商店街とコラボできたらいいよね。十年後も二十年後もイベントとかできたら素敵だよね。それって、手に入らないレベルの夢なんだろうか。俺はいろいろなことを望みすぎたから壊れたんだろうか?  四十で人生のキャリアはだいたい決まると言われている。三十代までなら今後のポテンシャルで転職もできるだろうが、それ以降は今まで積んできた実績だけを見られるようになる。職場でのポジションも定まってくるし、チーム全体の責任を負う立場にもなる。職場だけでなく、私生活でもそうだ。  でも本当に全てが決まってしまうのだろうか。おじいさんが自分の努力でおじさんの期間を延命できるのと同じように、俺だって自分の努力でまだ働き盛りの若者としてキャリアや私生活を向上させていけるのでは? 少なくとも、妻や子供の世話に追われて、毎日を、全く同じ盤面のすごろくをぐるぐるし続けるように感じていたのに比べると、俺は今とても精神状態がいい。離婚して、人生はふりだしに戻るのかもしれない。でもそれは新しくスタートラインに立てるということでもある。  漠然と、収入を上げたいなあという考えが頭をもたげた。たくさん仕事がしたい。いいアニメを作りたい。こんな下町の小さなペンシルハウスで満足せず、もっといい街に住みたい。若くて生命力のある、俺の奔放さを許容してくれるパートナーと人生をやり直したい。誰かのために消耗したくない。自分のためだけにもう一回、人生というゲームを遊びたい。  一回、上がった人生ゲームのつまらなさを知った今の俺なら、もっと効率的に楽しく攻略できるに違いない。  やることがないので、久しぶりに映画でも観ることにした。プライムビデオ用の白いリモコンを扱う。このリモコンで子供番組以外のものを選択するのは五年ぶりかもしれない。思えば家で自分のためだけに好きな映画を観る時間もなかったのだ。  家にあるカップ麺を食べながら、たくさん並んだ映画を物色する。アニメなんか仕事以外で観たくない。ドラマも長いので最後まで観る時間がなさそうだ。俺は洋画を中心に映画をスクロールし続ける。F1レーサーが新しいレースチームで人生をやり直す映画、引退した軍人がもう一度現役に戻って後輩チームを指導する映画、革命家の娘を守るために元革命家の男が戦う映画。改めて見ると、俺よりもずっと歳上の、完全におじさんと言って差し支えない年齢の男性が若者と共に無茶な冒険をする映画がたくさんあった。  彼らを見ていると、自分の手元にもまだたくさんの選択肢があるような気がしてきた。俺は自分の人生を選べる。妻だった女にも、子供にも、邪魔されずにやりたいことを追求する時間がまだある。  手触りの良い白いリモコンを握りしめると、自分の人生が自分の手に戻ってきた感じがした。 まだおじさんじゃない/鳥トマト 堅山賢一…39歳。妻子あり。有幻社でアニメをプロデュースするライツ事業部に勤務。ヒルビリー真中の『私の理解あるカレ君』のアニメ化担当
まだおじさんじゃない/鳥トマト

堅山賢一

漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato
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