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「命より収入を優先する患者たち」貧困にどう気づくか? 模索する医療現場の実態

コロナ禍で増加する無料低額診療の患者

 また、生活が苦しい人に対しては「無料低額診療事業」という存在がある。収入が少ない人が受診した際の自己負担分の免除や減額をしてくれる制度だ。  ただ、どの病院でも受けられるわけではない。取り入れている病院は、全国で703か所(’18年)、東京都内では55か所(’21年)で、利用するためには患者が病院に申請しなくてはいけない。東京都内で無料低額診療を行う中野共立病院の渋谷直道氏が話す。 「患者さんを事業対象にするかどうかの判断は各病院が行うのですが、当院の場合、直近3か月の平均収入によって全額免除か1割減額になります。現在は関連の診療所と合わせて月に40件ほどが無料低額診療の対象になっているのですが、毎日数件は相談の電話がきている状況です」
中野共立病院で無料低額診療の対応を行う渋谷氏

中野共立病院で無料低額診療の対応を行う渋谷氏

 新型コロナの流行以来、この無料低額診療を求める人が増えて「ネットで調べた遠方に住む人からも問い合わせがくる」という。 「持病を抱えているけれど、コロナで収入が減って医療費が払えないので何とかならないかといった声です。例えばタクシー運転手。当院の関連診療所ではタクシー運転手の健診を行っていますが、もともと時間が不規則で運動不足になりやすい仕事なので、糖尿病や高血圧、精神疾患の有病率が80%にも上るんです。さらにコロナで大打撃を受けたことで、タクシー運転手が困り果てて受診されるということがよくあります」

診療費は免除されても薬代の負担がのしかかる

同病院の事業利用者の推移のグラフ。新型コロナの影響で数が増えている

同病院の事業利用者の推移のグラフ。新型コロナの影響で数が増えている

 また、最近多いのは未婚の中年が年金暮らしの親と同居しているケースだという。 「息子さんはホテルの清掃員をしていたが、コロナで収入が3分の1になり、ある日、急性膵炎になったそうです。しかし、日雇いで収入が減るから休めないし、入院して医療費を払うと家賃と光熱費すらなくなると。そんな相談を受けて、事業対象になった人もいました」  しかし、無料低額診療事業は打ち出の小槌のような存在ではない。大きな問題なのは、診療代は免除されても、院外の薬局で受け取る薬代はかかる点だ。 「無料低額診療を受ける患者さんはやはり慢性的な病気をお持ちの人が多く、診療後も長く薬が必要になります。糖尿病のインスリン製剤などは月に数万円かかりますし、抗がん剤治療が必要ならさらにかかる。なかには自分でインスリン注射の回数を減らす患者さんもいました。医師に内緒でそういったことをしてしまう患者さんに対して、1回の診療代を免除したところでほぼ意味がないわけです」  中野共立病院ではこの問題に対処すべく、院外処方から院内処方に切り替えたという。これによって薬代も制度の対象になった。 「ただ、苦しい事情を話すと、無料低額診療事業で減免した費用は医療機関の持ち出しとなっています。この事業を実施している医療機関には、固定資産税・法人税が優遇される制度がありますが、当院のような社会福祉法人などはもともと非課税となっている法人なので、新たな優遇を受けることはありません。そのため、医療機関の経営を圧迫しかねないんです」  負担が強まる生活困窮者の医療現場。ある意味、コロナ禍におけるもう一つの医療危機と言える。
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