【東出昌大 vol.2】電車の非常停止ボタンを、気軽に押す人たちへ
電車が止まった。もうすぐ新宿駅に着くところだったのだが「ホーム上の非常停止ボタンが押された」らしい。
窓の外、暮れかかる西日を浴びた灰色のビル群と、ゴチャゴチャと伸びては互いに絡み合った黒い電線は、止まっている車窓から眺められる心づもりはなかったようで、どこか情けなく寂しそうに映る。この後の乗り換えの時間も調べていたけど、どうやらそれには乗れそうにない。こんなとき、なす術はない。
最近、非常停止ボタンが押される頻度が増えたように感じる。ホームに立ち、見渡すとすぐ目に入るこのボタン。どぎつい色の黄色いボックスに、日常ではお目にかからないサイズの赤いボタンが真ん中に堂々と存在している。これは、私がまだ子どもだったころに設置が始まったように記憶している。
当時の東出少年は、「これを押すときは、この世の終わりくらいのよっぽどのときなんだろうな~」と妄想を膨らましていた。
しかしここ最近、「人ってそんなに線路に落ちるか?」と疑念を持つくらいには、乗車中の電車が急停車しているように感じる。手に持った皿からトーストがこぼれ落ちる瞬間、ジャムがついた方が床に落ちる想像をしてしまうくらいの、悲観的な気のせいなのかもしれないが。
先日見たニュースでは、119番通報を受ける「災害救急情報センター」の職員が「誤報が多くて困る」と嘆いていた。
「爪切りが見当たらない」
「テレビがつかない」なんて通報もあるそうだ。
「なんでそんなことになっちゃうんだろうねぇ」などと一緒になって真剣に考えても、全然見当がつかない。119番に電話するって、目に見えてかなりヤバい状況じゃないとしちゃいけないんじゃなかったっけ?何をヤバいと思うか、この「ものさし」は人それぞれだと、これまた最近、切に思う。
狩猟をしていると言うと「え、じゃあ動物捌けるの?血とか出るんでしょ?ヤバッ」と忌避感たっぷりの顔で言われることもままある。確かに狩猟は残酷で、力みなぎる大型獣のフサフサの体にナイフを突き立てるときは、とんでもなく非情なことをしているという実感を抱く。
しかし、動物を殺めることをなんとも思わない猟師もいるし「スーパーに行けば肉は買えるのに、わざわざ狩るなんて残酷な人」とこちらからすると、ツッコミを入れたくなる非難を受けることもある。
電車が動きだした。「ホーム上の安全の確認が取れた」らしい。5分くらい止まっていたか。果たしてなんだったんだろう。線路に落ちそうな急病人がいたのだろうか。ワイヤレスイヤホンを片っぽ落としたとかだったら、頭ひっぱたいてやりたい(ちなみに、狩猟免許と銃の所持許可の保持者は他者に対して攻撃性をもってはいけないと決まっている。だからこれはあくまで冗談です!ペロッ)、そしてなぜそんなことをしたのか、じっくり話を聞いてみたい。
動物を撃ち、捌き、その肉を食らうこと。爪切りが見当たらなくて119番通報をすること。どちらがより“ヤバい”のか。ものさしが違うだけで、どっちが善でどっちが悪かなどと、善悪二元論では答えが出せない議論や問題もあるのではないかと、最近思う。そもそも答えなぞないのかもしれないし。
<文/東出昌大>
1988年、埼玉県生まれ。’04年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」でグランプリを獲得。’12年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。現在は北関東の山間部で狩猟生活をしながら役者業をしている

東出昌大
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