とにかく疲れた日に本郷三丁目駅にある喫茶店『名曲・珈琲 麦』で食べたプリンの意外な味/カツセマサヒコ
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回訪れたのは文京区・本郷三丁目。東京大学の赤門もある学問の街に佇む喫茶店『名曲・珈琲 麦』に入ると、味わい深いプリンと出会う。
そのプリンを見ながら、願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
まあ、人生甘くはないよね、と人に諭され、溶かした夢や野心がいくつかある。理想に向かうよりもずっと早く現実が迫ってきて、あっという間に呑み込まれ、目指していた場所とはずいぶん違うところに流れ着いたりする。人生は苦い。その苦さすら楽しめたら大人、みたいなものなのだろうけれど、ときにしんどい。
その日は公私ともにいろいろあって、とにかく疲れていて、そんなときに限って税金の納付書が届いて、しっかりと打ちひしがれて、まともに生きてなんていられっかよとやさぐれたりしていた。
そんな精神状態だったからこそ、取材先として向かう店にいくらか希望を持った。辿り着いたのは文京区にある本郷三丁目駅で、この改札からわずか1分のところに「名曲・珈琲 麦」という大変魅力的な名前の喫茶店がある。
名曲喫茶、という言葉の響き。「お前さんはお客だけれど、別に主役ではないですよ」と毅然とした態度を感じる。
今は誰にも干渉されず、一人やさぐれたり、そこから立ち直ったりしたい気分だからこそ、名曲喫茶はうってつけなのでは、と予想した。
出入り口から続く細い階段を下ると、店内は、右手と左手に分かれる。右が禁煙、左が喫煙。私は煙草を吸わないけれど、他人の吸っている匂いが好きという最も早く死にそうな癖がございまして。などと無言の言い訳を披露しつつ、喫煙エリアについた。
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
人生みたいなプリンを一つ【本郷三丁目駅 名曲・珈琲 麦(喫茶店)】vol.11
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」



