更新日:2025年10月03日 15:45
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「食べるの遅い!」で怒られると噂の『ラーメン二郎』 に人生初の挑戦をした日/カツセマサヒコ

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。早食いに多少の自信がある著者が人生初の『ラーメン二郎』に挑む。そして、願いは今日も「すこしドラマになってくれ」。

野犬は何も覚えていない【目黒駅・ラーメン二郎 目黒店】vol.11

早食いには自信があった。 中学、高校と運動部に所属していたこともあり、とくに先輩はみんな、光を思わせる速度で丼を空にした。その速度がいつしか自分に馴染んだ。 「ご飯の食べ方は、そのまま性に直結していると思う」 大学に入って、学食で女性と食事をする機会があった。 「相手のペースを考えずに自分の空腹を満たすのに必死な人は、つまり、そういうセックスをしてそう」 私はそのとき、野犬のようにカツカレーを貪っていて、彼女の皿には、まだパスタがほとんど残っていた。 食べるのが遅いなあ、と、その人をからかったことがあった。あれは、逆なのだ。私が速すぎた。そして、デートでの食事は一緒に食べる人にペースを合わせるべきだった。 そんなことを思い出したのは、己の早食いに、正面から向き合う日が来たからだった。 「ラーメン二郎 目黒店」 目黒駅から徒歩10分のところにある、大ボリュームで有名なチェーン「ラーメン二郎(以下、二郎)」の一店舗である。その店で私は、人生初の二郎に挑もうとしていた。 熱狂的なファンが多い二郎だが、食べるのが遅いと怒られることもあると聞いた。早食いには自信があったが、この胃は、若さを羨むくらいには元気がない。私はネットを駆使し、初心者でも行きやすい二郎を探した。目黒店は比較的量が少なく、初めてでも安心、という確信を得て、現地に向かった。 開店の5分前で、すでに25人の列があった。先頭の男性は常連だろうか。体がかなり大きく、この店を守り抜いてきた風格すらあった。 40分を、緊張して待った。 いよいよ券売機に辿り着き、「小ラーメン」のボタンを押した(それでも通常のラーメンよりずっと量が多いらしい)。店員から4人ずつ呼ばれ、全員ほぼ同時に、カウンター席に座る。さっきまで赤の他人だった人たちが、急にチームメイトか何かに思えた。壁には六大学野球の古いポスターが張られていて、私たちは部活帰りの学生になる。 「店主から、アイコンタクトでトッピングの有無を確認されることがあります。目を離さないようにしてください」 ネット記事を思い出し、慌てて目を見る。監督からのサインを見逃してはならない。 「ニンニクは?」 来た、と思った。トッピングコールというやつである。私は自宅で何度も練習した「ニンニク少なめ、あとは普通で」という合言葉を唱えた。 店主のリアクションはなく、私など存在しないかのように隣人のオーダーに移った。 2分後、ラーメンが、目の前に運ばれてきた。

1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」